先回のコラムでは、歯周囲炎がいくつかの全身疾患と深い関係があるとお話しし、生殖関連でも子宮内膜症の発症に関連があることについてお話ししました。今回は、生殖の領域でも子宮内膜症以外の病気、低出生体重児の発症との関連についてお話ししたいと思います。
この記事の目次
〇低体重児の定義とリスク
〇歯周病による妊娠への悪影響を調査した研究概要
〇研究結果によって分かった歯周病による分娩への影響とは?
〇歯周病が妊婦に影響する仕組み
〇健康な赤ちゃんを産むために、口腔ケアを
低体重児の定義とリスク
この低出生体重児とは、出生時の体重が2,500グラム未満の新生児を指します。低出生体重児は、以下のようにさらに分類されます。
• 極低出生体重児: 出生時の体重が1,500グラム未満
• 超低出生体重児: 出生時の体重が1,000グラム未満
低出生体重児の原因としては、分娩時期が早く生まれる「早産」や、何らかの原因で子宮内の環境が悪く胎児の発育が不全となる「胎児発育不全」などが考えられます。早産とは、妊娠22週から36週6日までの間に出産することを指し、胎児発育不全は、胎児が母体内で十分に成長できない状態を指します。
低出生体重児は、出生後にさまざまな健康リスクを抱えることがあります。例えば、呼吸器系や心臓、消化器系の問題、発達遅延、知的障害などが挙げられます。これらのリスクを軽減するためには、適切な医療ケアとサポートが必要です。このことから、産科医療ではできるだけ、低出生体重児が生まれないように、細心の注意を払っています。
歯周病による妊娠への悪影響を調査した研究概要
今回ご紹介する研究は、二つのメンデルランダム化アプローチ解析結果データを用いて、生殖領域における歯周病による妊娠への悪影響を包括的に調査しています(Chen X, et al.Clin Oral Investig. 2024 Mar 5;28(3):194. doi: 10.1007/s00784-024-05591-9)。歯周病が妊娠に与える影響の因果関係を明らかにすることは、交絡リスクや測定誤差のために依然として困難です。このため、メンデルランダム化(MR)が有望な解析方法として浮上しており、この解析には、大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)の要約統計を利用します。
前回のコラムでご紹介した研究と同様に、サンプルの重複を避けるために、曝露データと結果データは完全に別々の研究共同組織から取得されています。慢性歯周病の曝露データとしては大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)の要約統計であるFinnGenデータベースを使用し、263,668のサンプル(4,434のケースと259,234のコントロール)を含んでいます。また、妊娠前の状態(月経不順、子宮内膜症、異常性器出血、女性不妊)、妊娠合併症(切迫流産、自然流産、胎児・胎盤の異常)、および分娩時の要因(単胎分娩、分娩時間、児の出生体重)を含むさまざまな妊娠段階のデータは、UK Biobankから取得しています。
3つの異なるMR手法、すなわちランダム効果逆分散加重(IVW)、MR Egger、および加重中央値法を用いて、曝露と結果の因果関係を評価しました。主要な結果はIVW法から得られ、他の2つの手法で得られた結果は、IVWの補完として考慮しています。
研究結果によって分かった歯周病による分娩への影響とは?
歯周病が妊娠に及ぼす影響を解析すると、歯周病と分娩時間の間に負の関連があることがわかりました(オッズ比[OR] = 0.999; 95%信頼区間[CI]: 0.999から1.000; P = 0.017)。また、歯周病の人は、低体重児を出産する可能性が高いことも判明しました(OR = 0.983; 95% CI: 0.972から0.995; P = 0.005)。また、この2つ以外の妊娠に関わる要因と歯周病との間には、なんらかの因果関係は観察されませんでした。
この結果、今回のメンデルランダム化研究より、歯周病は分娩時間と低出生体重児の出産に影響を与えることが判明し、妊娠中に歯周囲の健康維持していくことが、本人だけではなく、胎児の健康にも重要であることが判明しました。
歯周病が妊婦に影響する仕組み
では、どのようにして、歯周病が妊娠経過に影響を及ぼすのでしょうか?これに関するいくつかの先行研究があります。健康な妊婦においても、口腔の微生物が子宮に移り繁殖することがあることが判明していることから、歯周病菌も同様にコロニーを子宮に形成する可能性があります。また、歯周病で発生する種々の炎症物質(IL-1,IL-6,TNF,PGE-2など)は、血液の流れに乗って子宮に運ばれ、子宮に影響します。また、子宮に届いた細菌は、さらに炎症物質を産生し、、子宮収縮や分娩を進行させる子宮頸管熟化に影響するプロスタグランディンを産生します。このような影響によって、早産になりやすくなります。また、ネズミを用いた動物実験では、細菌よって引き起こされる胎盤の損傷が母体と胎児の間の栄養交換を担当する胎盤を著しく縮小させることが分かりました。、これによって胎児の栄養不足を引き起こし、胎児が成長障害になる可能性があると報告されています。さらに、このような胎盤は、胎盤および胎児の成長に関連する遺伝子の発現も減少させます。これらのメカニズムで、早産や胎児の発育不全が起こると思われます。
健康な赤ちゃんを産むために、口腔ケアを
前述した通り、一般的に低出生体児は出生時体重が2.5 kg未満と定義されますが、多くの先行観察研究では、低体重の子供を出産する妊婦は歯周病のリスクがあることが強調されています。今回の研究は、正確な分析を可能にする連続変数とは異なり、データベースの体重を3つのレベル(< 7ポンド、= 7ポンド 、> 7ポンド)に分類して検討しています。よって、母親の歯周病が子供の体重をどの程度減少させるのかを分析することはできません。また、この体重分類(7ポンド ≈ 3.175 kg)は低出生体重の基準(2.5 kg)と一致しませんが、この研究は歯周病が出生体重に与える因果効果を明らかにしており、乳児の健康のためにも、母親の歯周健康を維持することの重要性を強調しています。
この研究はまだ始まったばかりであり、さらなる研究の積み重ねを必要とします。例えば、この研究はヨーロッパの集団内でのみの調査であり、他の地理的地域での有病率が同じかどうかについては、さらなる研究が必要と思われます。それでも、多くの研究で歯周病が全身の多くの疾患と関連することが指摘されていることから、本人の妊娠や胎児の健康のためにも、口腔の健康に気を付けることは大切だと思います。