体外受精を受けている皆さんは、2022年4月から不妊治療にも保険が適応され、少し治療が受けやすくなったと感じていると思います。しかし、自然に妊娠する場合でも、何らかの不妊治療を必要とする場合でも、年齢が若いほど妊娠率が高く、流産率・妊娠出産の合併症率が低くなります。また、不妊治療を行った場合でも、より簡単な治療方法で妊娠することができます。
不妊治療が保険適応になったからと言って安心して妊娠を先延ばしせず、可能であれば、ご自分のライフプランのなるべく早い時期に妊娠出産を計画してください。
さて、今回の不妊治療の保険化の中で、先進医療(高度な医療技術を用いた治療などのうち、公的医療保険が適用されないものの、保険診療との併用が認められているもの)となったものがいくつかあります。これらの手技は、これを行うことによって体外受精の成績を向上させるというエビデンスがまだ十分ではなく、保険で行う技術となっていない手技です。よって、今後もしばらくは体外受精を行う際、これらの手技も加えて治療を行い、多くのデータを集めた後に、それぞれの手技が体外受精の成績を向上させるかどうかを検討する必要があります。
検討の結果、体外受精の成績を向上させるというエビデンスが十分に得ることができれば、その手技は保険診療の対象となる可能性があります。しかし、逆に十分なエビデンスが得られない場合、保険診療の対象とならないだけでなく、先進医療からも外されることになります。よって、現在、不妊治療で行われている先進医療の総てが、将来保険診療になるわけではありません。
今回は、その先進医療のひとつとして体外受精に伴い行われている、「胚が子宮内膜に着床するときに大切な子宮内膜側の胚着床能の検査」の一つである『子宮内膜着床能検査(以下、ERA( endometrial receptivity array))』について、お話ししましょう。
反復着床不全の原因を調べる検査、ERAとは
着床は、胚盤胞(はいばんほう)が子宮内膜に付着、接着、浸潤する過程だと考えられています。着床には、胚組織と母体子宮内膜(ぼたいしきゅうないまく)の同期的なコミュニケーションが必要だと言われています。形態が良好な胚ほど妊娠しやすいと言われていますが、胚の形態からの評価だけでなく、PGTA(着床前胚染色体異数性検査)を行い、評価された良質な倍数体胚盤胞(ばいすうたいはいばんほう)を胚移植に使用したにもかかわらず着床しない着床不全が、体外受精の全胚移植の約32%~51%において発生しています。
このような形態学的(けいたいがくてき)に良質な胚を複数回移植したにもかかわらず着床不全を繰り返すことを、『反復着床不全(以下、RIF)』と呼んでおり、RIFには多くの因子が関わっていると考えられています。この原因因子の一つとして、母体の子宮内膜が胚盤胞の着床をサポートする能力である「子宮内膜受容能の機能不全」が考えられます。この「子宮内膜受容能の機能不全」を検査する方法の一つとして、ERAがあります。
子宮内膜着床能検査(ERA)は体外受精の成功率を高める?
子宮内膜では、月経周期の各時期に238の遺伝子が発現しており、これらの遺伝子を用いて、月経周期の時期を評価することができます。ERAでは、この方法を応用して、子宮内膜の着床の窓(胚が着床しやすい時期)を予測します。そして、この予測時期に合わせて胚移植を行います。しかし、体外受精を行うにあたり、凍結胚移植前にERAを使用して検査することが、体外受精の成功率を高めるのかどうか、このコンセンサスはまだ得られていません。
そこで、今回ご紹介する研究は、これに関する多数の論文をまとめて解析した論文です(Arian SE, et al. Fertil Steril 2023;119:229-237)。2022年2月15日までに発表された論文を「Pub Med」などの文献検索サイトで検索し、154論文を抽出し、このうち今回の研究に合った論文を検討したところ、8論文が適合しました。この8つの論文には、全部で2784人のデータがあり、内訳はERAを行った831人、ERAを行わなかった人1953人でした。
この2784人について、主要評価項目を、生児出生率および妊娠継続率とし、二次評価としては、着床率、生化学的妊娠率、臨床的妊娠率、流産率を検討しました。このメタ分析の結果、ERA群の生児出生率、妊娠継続率は、非ERA群と比較して有意差はありませんでした。また、着床率、生化学的妊娠率、臨床的妊娠率、流産率でもERAと非ERAの間で同等でありました。
また、試験デザインに応じた個別の解析と交絡因子の調節後の全体のプール推定値は、ERA群と非ERA群の間で差がありませんでした。
これらの解析結果を総合すると、結論としては、今回のメタアナリシスでは、ERA を用いた体外受精後の妊娠率に有意な変化は認められず、ERA が妊娠率を向上させるかどうかは不明という結論になります。
先進医療に対する考え方
体外受精を行って、特に、良好胚を複数回移植してもなかなか妊娠しないと、いろいろ考えてしまいますね。新しい技術が出てくるとどうしてもすぐに飛びつてしまう気持ちはよく理解できます。しかし、私たち医療者としては、少ないデータ数で良好な成績を出している報告は、多くの症例数を積むと、必ずしも同様の成績にはならないことがあることを、理解しています。それでも、その方法が治療成績を向上させる可能性があり、患者も望むのであれば、エビデンスを検討することができるデータ数が集まるまでは、期間を限って試行しています。まさに、これが先進医療と称されるものです。日本で現在行われている先進医療としてのERAも、早晩結論が出るものと思っています。