English
コウノトリ

ワンモア・ベイビー・ラボ

【パパ育休の実態と本音】2人目以降を見据えた育休取得。小学校教員が見つめた、家族と仕事のあいだの新しい景色」=前編=

秋山 開 2026年06月12日

男女の「仕事と育児の両立」を支えるため、父親の育児休業取得を後押しする制度が整いつつあります。

日本の男性の育児・家事参加は、OECD加盟38カ国のなかで最低水準とされる一方、いわゆる〝パパ育休〟の取得率は上昇を続けています。厚生労働省の調査では、令和6年度は過去最高の40.5%に達しました。

しかし同調査の回答率は約5割にとどまり、育休取得に消極的な企業が未回答である可能性も指摘されています。実際の取得率は数字より低いとも考えられ、地域差も小さくありません。一般に、都市部に比べ地方では取得が進みにくい傾向があるといわれています。

こうした現状を踏まえると、パパ育休に不安や迷いを抱く人は、まだ多いのではないでしょうか。

本連載では、実際に育休を取得した家族へのインタビューを通して、その実態や本音に迫ります。育休を取るか悩んでいる方や、「自分の職場では難しい」と感じている方、そして子育て世代の部下をもつ管理職の方々にとって、ヒントとなれば幸いです。

【プロフィール】
夫:永崎 大介(30歳/仮名)小学校教諭
妻:永崎 朱里(29歳/仮名)税理士事務所事務員
子:1人(2025年5月生まれ)
お住まい:大阪府
【結婚・出産までの過程】
大学時代の部活動の先輩後輩として出会う。卒業する少し前に交際を始め、約5年の交際を経て結婚。結婚後は大阪府内の妻の実家の近くに居を構え、2025年5月に第一子が誕生した。

【育休期間】
夫:2025年5月〜2026年3月
妻:2025年5月〜

(取材日:2026年2月某日)

「仕事が好き」だからこそ、育休で見えるものがあると思った

今回ご紹介するのは、大阪府内で暮らす永崎さんご夫妻です。

2025年5月に第一子が生まれ、大介さんは同月から2026年3月末まで、約1年間の育休を取得しました。

小学校教員として働く大介さんは、もともと“大”がつく仕事好きだったと話します。

だからこそ、育休を取ることに迷いがなかったわけではありません。けれど、その迷いは「休んでいいのだろうか」という不安とは少し違っていたようです。

「仕事がすべてじゃないとはずっと思っていて、一方で仕事はめちゃくちゃ好きやったんです。育休を取るのはどうなのかなとか、いろいろ躊躇していました。でも、安定期に入って少し経ってから妊娠のことを職場に伝えたら、管理職の先生方がすごく素敵な人が多くて、『これまで頑張ってきたんやから、1年しっかり取ったら』って言ってくださったんです」

その言葉は、単に「休んでいいよ」という許可ではありませんでした。

大介さんにとっては、仕事以外の時間のなかにも学びや成長があるのではないか、という視点を与えてくれるものだったといいます。

「それやったら、仕事以外のところもこの1年でいろいろ学べるん違うかなと思って。いろんな付加価値を想像しながら、(育休を)取ろうと決断しました」

育休取得は「なるべく早く伝えること」の大切さを感じた

育休制度そのものは、基本的に子どもが生まれてから始まります。

ただ、大介さんの場合、実際にはその前から休みを取り、臨月の朱里さんを支える時間を持つことができました。

「制度としては生まれてからしか取れないんですけど、その前から有給や連休とかをいろいろ使って、『奥さんと一緒にいてあげて』というふうに先生方から言ってもらったので、5月になったら職場にはほとんど行かった記憶があります」

ここでも、学校現場の理解が大きかったようです。

具体的にどのような順序で妊娠の報告をしたのでしょうか。大介さんは、まず同期に報告した後、校長先生に相談したのだとか。すると校長先生は、自身の経験を踏まえてこう話してくれたのだといいます。

「校長先生もお子さんがいてはって、『自分の時は(育休が)取れなかったから、いろんな後悔がある』って言ってくださったんです。だからこそ今の人たちには取ってほしいし、取ったからこそ見える世界があるって」

さらに、大介さんが将来、管理職など上の立場を目指すことになったときにも、この経験はきっと役に立つはずだ、とも背中を押してくれました。

教員不足がたびたび話題になるなかで、学校現場での長期育休は簡単なことではありません。
ただ、大介さんが勤める市では、同世代の男性教員でも半年から1年ほど育休を取るケースが少なくないようです。

「大阪でも地域によって全然違うと思うんですけど、私のところでは、30歳前後の先生たちは結構取られているように思います」

もちろん、学校側も急な申し出では対応が難しい。

そのため、「なるべく早く伝えること」の大切さも感じたといいます。大介さん自身、年末ごろには相談を始め、管理職と話し合うなかで「半年より1年のほうが人員配置として動きやすい」という事情も知りました。

「どれくらい取るつもり、と聞かれて、一回妻に相談して。『もうしたいように取って』って言ってもらったので、それやったら1年しっかり取って、4月から復帰する形がきれいかなと思って決めました」

2人目以降の子どもという未来を見据えた育休生活

今回の育休取得には、もうひとつ、大介さんのなかで明確な理由がありました。
それは、ただ「妻を手伝う」のではなく、自分自身が主体的に子育てできる状態を、最初からつくっておきたかったということです。

「1人目をしっかり夫婦で協力しながら子育てしなかった場合、2人目3人目っていう未来を見たときに、自分は『これどうしたらいい?』って全部妻に聞くことになるやろうなと思って。それはお互いにとってプラスじゃないなと思ったんです」

1人目の育児をどう過ごすかは、その後の家族のあり方にもつながっていく。大介さんは、そう考えていました。

「1人目からしっかり自分で考えて行動できるよう成長したかったというか、働いていることを理由に甘えたくなかった、というのもあって育休を取りました」

そこには、「父親だから手伝う」のではなく、「親として一緒に育てる」という意識が最初からあったことがうかがえます。

不安は、一切なかった

育休取得前の不安について尋ねると、大介さんはきっぱりとこう答えました。

「不安は一切なかったです」

その理由もはっきりしています。

「子どもを授かれたこと自体、そもそも誰しも望み通りにいかないことがあると思っていたので、何より大事なことは何なのかを常々考えていました。だからこそ今は育休のために自分に何ができるのか、そこに重きを置いたときに不安は一切なかったです」

金銭面についても、「特段お金を貯めていたわけではない」としながら、そこまで大きな心配はしなかったといいます。

「最終的にはお金がなくなっても、自分の周りにいる人たちが助けてくれるやろうなと思うこともあるし、日本にいる限り、そこまで大変になる感覚もなかったので。何より、この0歳児という時間を一緒にいられたらな、という気持ちが強かったです」

ここにも、大介さんらしい価値観が表れているようでした。「失うもの」よりも、「今しかない時間」に意識が向いていたのです。

苦手な書類仕事は妻が、どうしても必要な準備はAIと一緒に

一方で、育休取得に向けた実務的な手続きは、大介さんにとって楽なものではありませんでした。

「そういうの、めちゃくちゃ苦手で。見慣れない言葉を見るのもすごい力がいるし、毎日子どもたちのことを考えて働いて、そのうえでまだ書類を見て、書きこんで、という作業はすごくつらかったです」

その部分を支えてくれたのが、朱里さんでした。税理士事務所で働く朱里さんは、数字や締め切り、事務的な段取りが得意。いまも家庭のなかで、そうした「0から1」の部分を担ってくれているそうです(家事の分担については後編でも詳しく聞いています)。

「そこはやっぱり支えてもらったり、協力しながら、育休もしっかり取得できたのかなと思っています」

ただし、出産直後の時期には、朱里さん自身が思うように動けず、大介さんが市役所に行って手続きをしなければならない場面もありました。

「どこに行ったらいいのかもわからないぐらいのところからスタートで。だからChatGPTとかGeminiに壁打ちみたいなのをめちゃくちゃして、仕事と同じくらいの熱量で準備してから市役所に行ったのを今でも覚えています」

もちろん行政の窓口では、実際には担当者が丁寧に対応してくれる。

それでも、事前に頭のなかを整理しておかないと不安でたまらない。そんな大介さんにとって、生成AIは「情報を教えてくれる存在」であると同時に、「考えを一緒に整理してくれる相手」でもあったようです。

(後編では、育休中のリアルな1日や夫婦の家事・育児分担、価値観の変化、そして4月からの復職に向けた思いについて詳しくうかがいます)

関連記事

ランキングコウノトリ

カテゴリーコウノトリ

アーカイブコウノトリ

メンバーコウノトリ

ページトップへ