ワンモア・ベイビー・ラボ
妊娠中の環境が赤ちゃんの将来の病気に影響する!?―妊娠・出産時の環境と「多発性硬化症」の関係―
齊藤英和
2026年04月23日
「将来、どんな病気になるか」は、大人になってからの生活習慣だけで決まるものではないかも知れません。
近年の研究では、生まれる前、つまりお母さんのお腹の中にいる時期の環境が、成人後の病気のリスクに影響する可能性も指摘されています。
そこで今回は、妊娠中や分娩時の病状(早産、妊娠周数に対して小さいまたは大きい出生児(それぞれSGAおよびLGA)や、妊娠高血圧症候群、胎盤早期剥離、母体糖尿病など)が、出生児における成人発症多発性硬化症(以下「MS」)のリスクと関連しているのか、この点について検討した研究(JAMA Neurol. 2026 Feb 1;83(2):153-160. doi: 10.1001/ jamaneurol. 2025.5255.)が発表されたため、取り上げてみましょう。
多発性硬化症(MS)はどんな病気?
MSとは、20~40歳代に初めて発症する神経障害の主要な疾患で、脳・脊髄・視神経などの中枢神経系に炎症と脱髄(ミエリンの破壊)が起こる自己免疫性疾患です。この疾患が発症すると、視力障害、しびれ、麻痺、歩行障害、排尿障害など多様な神経症状が、再発と寛解を繰り返しながら出現します。女性に多い(男女比 約1:2~3)ことも特徴の一つで、原因は特定されていませんが、自己免疫、遺伝的要因、環境因子(EBウイルス感染、ビタミンD不足、喫煙など)の関与が示唆されています。
一卵性双生児の一致率(25%-30%)は高く、MS発症に遺伝が関与していると考えられ、さらに、2卵性双生子の一致率(5%-14%)も通常の兄弟姉妹の一致率(3%)比べて高いことは、MS発症に妊娠中・分娩時の環境が影響しているとも考えられています。つまり、単一の原因ではなく、『複数の要因が“閾値”を超えたときにMSが発症する』というモデルが、最も支持されています。
このため、MSを完全に予防する方法は確立していないものの、疫学研究から、発症リスクを下げるためには、複数の要因が“閾値”を超えないようにすることが最も支持されています。
日本ではどのくらい多い?MSの今
MSの日本人における発症頻度は、最新の疫学データでは「有病率 10万人あたり約14人」と報告されており、欧米(100人以上/10万人)と比べると明らかに低く、現在、日本における推定患者数は約18,000人で、男女比は、女性が男性の約2〜3倍多いといわれています。このように、日本では欧米に比べてMSは比較的まれでしたが、近年は増加傾向が指摘されているため、今回はこの研究を取り上げました。
多発性硬化症(MS)の発症原因に関する研究概要
この研究は、2009年1月に開始され、 2019年12月まで追跡調査が行われたクローズドコホート研究です。データは、ノルウェーの国家登録簿から得られており、1967年から1989年までのノルウェー医療出生登録簿に記載されたすべての出生児(N = 1,303,802)を研究対象としています。そのうち、37,483人が2008年時点でノルウェーに居住しておらず、31,009人がその年より前に死亡していたため、合計68,492人(5.0%)は解析サンプルに含まれませんでした。 また、在胎期間(出生の5.3%)、および出生体重(0.1%)のデータが欠損している症例も除外しました。また、出生体重が極端に軽い、または重い(zスコアが −4.0 未満または 4.0 を超える者(n = 672))は除外しました。さらに、MSの併発に遺伝的に関与する可能性がある1型糖尿病の母親から出生した児(n = 32)も除外しました。
MSの症例は、国立患者登録簿より特定され、解析は2009年1月に開始しました。この前年に少なくとも18才であり、かつ前年にMSを発症していなかった方です追跡は、初回発症イベント、死亡、国外移住、または追跡終了(2019年12月)まで継続しています。
2008年に診断されたMS症例を除く発症MSの分析サンプルは、1,166,731人で構成されていました。この研究の堅牢性を評価するために、2008年にMSと診断された記録があった1483名の参加者も含んでいます。この研究では、生涯のどの時点で診断された症例でも含まれます。このため、2008年から2019年の間にMS分析のためのサンプルは、1,168,214名で構成されていました。
Cox比例ハザード回帰モデルを用いて、妊娠不良転帰である妊娠中や出産時の病状とMS発症ハザード比(HR)、95%CIを推定しました。データは2025年2月から10月にかけて分析されています。妊娠不良転帰である妊娠中や出産時の病状には、早産(妊娠週数37週未満)、SGA(出生体重90パーセンタイル)、妊娠高血圧症候群(子癇前症、子癇、妊娠高血圧、慢性高血圧)、胎盤早期剥離、母体糖尿病(2型、不特定妊娠糖尿病、妊娠糖尿病、妊娠中の抗糖尿病薬使用)が含まれます。
研究からわかったこと
解析結果により、1,166,731人の乳児のうち、597,330人(51.2%)が男子、569,401人(48.8%)が女性でした。57,987名(5.0%)が早産で、114,865人(9.8%)はSGAで生まれで、114,025人(9.8%)がLGAで生まれました。また、49,598人(4.2人)が妊娠高血圧症候群の母親から出生し、4,778人(0.4%)の母親は胎盤早期剥離、2,662人(0.2%)の母親は糖尿病でした。
MSが確認できた症例は、1,166,731人の乳児のうち、2009年以降に4,295件でした。診断時の中央値(IQR)年齢は、37歳(32〜42歳)でした。2008年MSと診断した女性も加えると、女性では570,458人(48.8%)中、4,036人(69.8%)がMD症例でした。交絡因子を補正すると、LGAのハザード比[HR]は1.13(95%CI、1.03-1.25)、SGAのHRは0.88(95%CI、0.78-0.98)でした。母体糖尿病のHRは、2.15(95%信頼区間、1.37-3.37)でした。早産、胎盤早期剥離、妊娠高血圧症候群はMSと関連しませんでした。
妊娠中の環境が将来のMSリスクに関係する可能性
これらの調査結果より、ノルウェーの1,303,802名の出生児を対象としたこのコホート研究では、『妊娠周数のわりに大きく生まれたこと(LGA)』と『母体が糖尿病であること』がMSリスクを高くしており、妊娠周数のわりに小さく生まれたこと(SGA)がMSリスクの低さと関連していました。早産、胎盤早期剥離、妊娠中の高血圧障害は、MSと関連しませんでした。
これらの発見は、MSの発症が出生前期の母胎内の環境の影響から始まる可能性を示唆しており、妊娠中からの母胎の健康管理が、MS発生リスクを抑制すると考えられます。









