ワンモア・ベイビー・ラボ
ほんとはどうなの?妊娠中のアセトアミノフェン服用の影響
齊藤英和
2025年10月23日
2025年9月22日に米国のトランプ大統領が、「妊娠中のアセトアミノフェン服用は、児が自閉症になる可能性が高くなるため、注意が必要である」と発表しました。それ以来、米国をはじめとした各国の医学会や公的機関、WHOなどから、これに反論する声明が発せられました。日本のニュースでも取り上げられ話題となったため、今回は、妊娠中のアセトアミノフェン服用の影響について取り上げてみましょう。この薬剤の影響に関しては、2021年8月の(リンクを貼ります)コラムでもお話しをし、今でも多くの方に読んでいただいています。そのため、今回は最近の研究結果を含めてお話したいと思います。
以前のコラムでご紹介した論文(Alemany S, Eur J Epidemiol. 2021 May 28. doi: 10.1007/s10654-021-00754-4. Online ahead of print. )では、妊娠中にアセトアミノフェンを服用すると、出生した児に自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)が増えるというものでした。この薬剤の影響については、その後も多くの研究がなされ、その結果が発表されてきました。
トランプ氏の発言のきっかけとなった研究
今回のトランプ氏の発表のきっかけは、8月にハーバード大学の研究者から発表された論文(Parada D.et al.Environ Health. 2025 Aug 14;24(1): 56.doi: 10.1186/s12940-025-01208-0.)です。この論文では、妊娠中のタイレノール(アセトアミノフェンを含有)使用が自閉症やその他の神経発達障害のリスクを高める可能性があるため、使用制限の必要性を訴える論文です。
しかし、この論文の中でも、使用制限を訴えつつも、同時に「妊婦の発熱や痛みの治療には依然として重要だ」とも述べています。また、今回のトランプ氏の発言に対して、科学論文雑誌で有名なNatureの見解は、「トランプ氏はこの論文を政治的メッセージに利用している」としています。
スウェーデンで行われた大規模コーホート研究
妊娠中のアセトアミノフェン服用の安全性を示す研究の一つに、最近よく引用されるスウェーデンのカロリンスカ研究所からJAMAに発表された論文(Ahlqvist VH,et al. JAMA.2024 Apr9;331(14):12051214.doi:10.1001/jama. 2024.3172. PMID: 38592388)があります。スウェーデンでは、すべての国民の医療データを国の情報センターに登録しています。このような医療情報は、国または国民にとって非常に大切な情報であり、正確に記録し、国民の福祉のために利用していくべきであると考えています。もちろん、このデータを利用するときは、個人が識別されないように匿名化されて用いられるのが大原則です。そのため、とても多くの症例数を研究対象とすることができ、そのデータも信頼性の高いものとなります。
この2024年JAMAに発表されたスウェーデンのコホートを用いたこの研究は、妊娠中のアセトアミノフェン使用と子どもの自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、知的障害との関連性を検討したもので、約248万人という非常に多くの出生児を対象にしています。この研究は、1995年から2019年にスウェーデンで出生した子どもを研究対象としています。追跡期間は最大で10歳まで行っており、児のASD、ADHD等の有無を評価しています。その結果、アセトアミノフェン曝露群 vs 非曝露群の10歳時点でのリスクは、自閉症:1.53% vs 1.33%、ADHD:2.87% vs 2.46%、知的障害:0.82% vs 0.70%と、アセトアミノフェン曝露群で自閉症、ADHD,知的障害が増えていました。
この結果から、妊娠中のアセトアミノフェン使用と自閉症、ADHD,知的障害とは相関関係があるということになります。しかし、これは因果関係を示すものではありません。すなわち、妊娠中のアセトアミノフェン使用は、自閉症、ADHD、知的障害を起こすという結論にはなりません。それは、交絡因子、すなわち自閉症、ADHD、知的障害を引き起こすその他の因子について、アセトアミノフェン使用群と非使用群で、同等の影響に調整してから両群を比較する必要があります。
そこで、この大規模研究では、兄弟姉妹対照分析を行っています。兄弟姉妹解析は強力な交絡因子の影響を減らせる方法です。その理由は、同じ家族なら遺伝的背景や家庭環境がほぼ同じだからです。同じお母さんで、一人の児は妊娠中にアセトアミノフェン暴露、もう一人の児は非暴露の両児を比較すると、自閉症のハザード比(HR)は、0.98(95% CI 0.93–1.04)、ADHD:0.98(95% CI 0.94–1.02)、知的障害:1.01(95% CI 0.92–1.10)で、両児のこれらの差は統計的に有意ではなく、家族内の遺伝的・環境的要因をほぼ同等とすると、『アセトアミノフェン使用と神経発達障害との関連は認められなかった』という結論になります。
専門家による解説と見解
この研究結果は、過去に報告された「アセトアミノフェン使用と自閉症リスク増加」の関連が、交絡因子(例:母体の疾患、遺伝的背景)による見せかけの関連である可能性を示唆しています。特に兄弟姉妹対照という手法は、こうした交絡因子を強力に制御できるという点で信頼性が高いです。トランプ氏の発表後の混乱時期に、この研究結果をわかりやすく説明するために、JAMAの副編集長で産婦人科医のリンダ・ブルーベイカー医学博士と、2024年のこの研究の著者であり、ドレクセル大学ドルンシフェ公衆衛生大学院の疫学教授であるブライアン・リー博士とが対談をし、この内容を公表しています(JAMA Network)(https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2839562)ので、少し解説します。
アセトアミノフェンを使用する母親から生まれた子どもたちは、アセトアミノフェンを使用しない母親とは多くの点で異なるそうです。アセトアミノフェンを使用した母親は、過去に自閉症やその他の症状:頭痛、感染症、発熱などの兆候があります。これらは交絡因子と呼ぶものであり、アセトアミノフェンを使用する母親から生まれた子どもたちが自閉症、ADHD、知的障害の発症が多くなるという状況との関連性を説明する可能性のある第 3 の要因です。そこで、この統計的関連性が本物かどうかをテストしたいと考え、兄弟対照分析を行っています。この分析では、同じ母親の中で、一人の児が子宮内でアセトアミノフェンにさらされ、もう一人の児が曝露されなかった兄弟を比較することができます。これを行う理由はいくつかありますが、交絡因子の中では、最大の要因の1つは遺伝です。特に神経発達障害の場合、遺伝性が高く、遺伝が原因のかなりの部分を占めています。したがって、遺伝を考慮していない研究は、遺伝を考慮した研究とは異なる結論に達する可能性があります。そこで、兄弟対照分析を行うと、統計的関連性はすべて完全に消えました。言い換えれば、アセトアミノフェン使用と自閉症、ADHD、神経障害との関連性は因果関係がないように見えました。
服用は医師の診断のもと慎重に
今回のトランプ騒動の中で多くの医学会や公共団体が懸念を示したのが、必要な時にアセトアミノフェンの使用を避けることで、潜在的なリスクを増加させることです。すなわち、産科の臨床診療では、妊娠初期の発熱の場合は、必要に応じてアセトアミノフェンを使用することが標準的な治療です。それは、妊娠初期の発熱と先天異常や発達障害の関連が、複数の研究で報告されているからです。また、高熱を放置すると、流産や神経管欠損(NTDs)などのリスクが増加する可能性もあります。
前回もお話ししましたが、アセトアミノフェンは今もなお、妊娠全期にわたってリスクベネフィットの最もも優れたぐれたバランスをもつ解熱鎮痛剤だと考えられています。妊娠中は医師の診断のもとで、明らかに必要な時に、最小限使用するように心がけることが大切と思われます。









