皆さんは健康であることをとても大切だと感じており、健康を維持するために、定期的に健康診断を受けていると思います。恐らく、健康診断での項目は、胸のレントゲン、心電図、あとは尿検査、血液検査が一般的だと思います。これに、目の検査や聴力の検査を加えることもあります。40歳以上だと胃や大腸の内視鏡検査、便潜血検査や乳がん検診も必要です。また、子宮がんは、HPVワクチン接種で大部分は予防できますが、定期的な子宮がん検診は依然必要であると考えられています。
このように、健康診断では血液や尿、体の一部の細胞を採取したり、レントゲン、超音波検査などで、からだの健康状態を評価しています。病気になると、それぞれの器官の状態をさらに調べる様々な検査があります。不妊症の場合では、女性は最初に女性に関わるホルモン検査や超音波検査・子宮卵管造影検査を受けます。一方、男性は精液を採取して、その性状を検査することが一般的に行われています。
精液の質に悪影響を与えるもの
この精液性状の基準は、WHOが何年かごとに、性状の基準下限値を発表しています。一番最近の改訂は、2021年です。これによる基準下限値は、精液量:1.4ml、精子濃度:1600万/ml、総精子数:3900万/精液中、運動率:42%、前進運動率:30%、生存率:54%、正常形態率:4%となっています。この基準を基に精液性状の診断を確定し、治療に生かしています。
精液性状に影響を及ぼす原因は多岐にわたります。先天的な原因もありますが、後天的なものとしては、食生活、生活習慣、感染症などがあります。一例としては、飲酒や喫煙、過体重、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症などの発熱があります。これらは健康を害すとともに、造精機能にも影響します。そのため、精液所見が悪い場合には、これを引き起こした元の原因が全身にも何らかの影響を及ぼしている可能性があります。
不妊以外の疾患とも関係する精液の質
近年、男性不妊と精液の質が、特定の疾患の発症率の増加や寿命の短縮と関連していることを示す研究が増えています。ある研究では、男性不妊の男性は、男性因子のない不妊カップルの男性よりも死亡率が高いことが示されました。無精子症の男性にのみ死亡率が高く見られ、乏精子症の男性にはその傾向が見られなかったとする研究もあります。
一方、別の研究では、無精子症ではないもののカップル不妊であったで43,277人の男性を長期追跡調査した結果、精液所見の数値が用量依存的に死亡率を改善し、精子濃度が40百万/mlの閾値に達するまで死亡率が低下したと報告しています。また、運動性精子や形態的に正常な精子の割合が増加するにつれても、死亡率も低下するようです。また、不妊の男性は、不妊評価時に併存疾患が多いことが知られています。
精液パラメーターが疾患発症率の増加や寿命の短縮と関連していることを示す証拠が増えており、この関連性は、男性因子不妊の診断に通常使用されるWHOの正常基準値を超えるレベルでも観察されており、精液の質は普遍的な罹患率および死亡率のバイオマーカーである可能性があります。
精子の質と死亡率の関係性を調査した研究の概要
今回、以前に報告された研究規模よりも、格段に長期にわたり、大規模な精液データベースを用いて、精液の質と全死因死亡率との関連を調査した研究が報告されましたので、この研究について解説します(Priskorn L, :Hum Reprod. 2025 Apr 1;40(4):730-738. doi: 10.1093/humrep/deaf023.)。
この研究の対象者は、1965年から2015年に精液検査を施行した78,284人の男性で、そのうち8,600人(11.0%)が追跡期間中に亡くなりました(追跡期間の中央値:23年)。精液サンプル提出時の年齢の中央値は32歳でした。精子濃度の中央値は46百万/ml(5–95パーセンタイル:0–182百万/ml)でした。さらに、1987年から2015年に精液サンプルを提出した、この研究の後半グループの男性は、精液検査を受けた日より、10年前までの健康状態の記録もあります。
後半グループの男性(n=59657)では、基準時の年齢の中央値も32歳で、追跡期間の中央値は20年であり、その間に3059人(5.1%)が死亡しました。後半グループにおける精液パラメーターは全体のデータと類似していましたが、精子濃度と総精子数はわずかに高位でした。後半グループでは、基準時の10年前までに病院で診断を受けた人が20.7%いました。最も多かったのは、骨折や原因不明の疾患に関連する診断で、それぞれ10.4%と6.1%を占めていました。
他の診断(例:悪性腫瘍(0.6%)、栄養および代謝関連疾患(0.4%))は少数でした。過去に疾患の診断を受けたことがある男性は、受けたことがない男性と比較すると精子濃度が高い傾向にありました(中央値:51対47百万/ml)。ただし、特定の診断群(例:悪性腫瘍(中央値:35百万/ml)、循環器系疾患(中央値:44百万/ml)、泌尿器系疾患(中央値:43百万/ml))では、これらの疾患の診断がない男性(中央値:48百万/ml)よりも精子濃度が低位でした。
〇大規模な研究で分かった精子の質と寿命・死亡率の関係性
精液の質と平均生存時間の関係を見ると、無精子症の男性、または運動性精子数が0–5百万の男性の寿命は、それぞれ78.0歳と77.6歳であり、運動性精子数が120百万を超える男性(80.3歳)と比較して、寿命が2.3年および2.7年短いとされています(P < 0.001)。他の精液パラメーターについても、最低および最高のグループ間で同様の差が観察されました(図1)。
また、精液の質と全死因死亡率の関連を見ると(図2)、全体の症例では、すべての精液パラメーターが全死因死亡率と用量依存的に負の関連を示しました(P-trend < 0.001)。ただし、無精子症の男性の死亡リスクは、次のカテゴリ(例:精子濃度が0–5百万/ml、総精子数が0–10百万、または運動性精子数が0–5百万の男性)に比べてやや低い傾向がありました。
1987年から2015年に精液サンプルを提出した後半グループでは、全体の傾向と同様の結果が示されましたが、推定値はより顕著でした。教育状況や基準時前の疾患診断で調整した後でも、生存の差異は持続しました(P-trend < 0.001)。 ただし、ほとんどのHRはわずかに弱まりました。調整後の分析では、基準値(運動性精子数 > 120百万)と比較して、他のすべてのグループで死亡リスクが有意に高い結果となました。
これらの結果より、精液検査は単に不妊治療のためだけではなく、将来の健康戦略を立てる上でも大切な指標となることがわかりました。現在、妊娠を考えていない人にとっても、一生涯の健康を維持していく意味で、精液検査は健康維持のための一検査項目になるかもしれません。