近年、日本では女性の社会進出が進んできました。このような社会環境では、仕事と家庭の両立支援が十分に行われることや、社会だけではなく家庭における家事・育児全般に関しても男女平等であることが、すべての人に認識され、理解されることがとても重要となります。しかし、現在でも家事・育児は女性が主に行うという観念が社会全体から抜けきらないため、仕事を持つ女性に、非婚化・晩婚化、さらに、結婚しても妊娠・出産を遅らせる傾向をもたらしています 。その結果、多くの女性が、自分の卵巣予備能や潜在的な妊娠適齢期についての情報を積極的に得ようとしており、卵巣予備能を知る一つの指標である抗ミュラー管ホルモンの名称を知っている人が増えてきました。

AMH(抗ミュラー管ホルモン)とは?

このホルモンは、卵巣にある卵子の数を反映するホルモンです。妊娠する能力は年齢とともに低下してきますが、その要因には卵子の数や質が年齢とともに低下することが大きく影響していると言われています。ただ、卵子の数は個人によってばらつきがとても大きく、若い人でもかなり低い値の人がいます。AMHを測定した結果、この値が低いと妊娠できないのではないかと心配になるかも知れませんが、妊娠するには卵子の数だけでなく、卵子の質や他の健康要因も影響します。20代の若い人がこの値が低くても、卵子の質は年齢相当と言われているため、排卵がある限りには同年代でAMH値が平均ぐらいの人と同じ確率で妊娠できると考えられてきました。このため、血清 AMH レベルと妊娠までの時間に関連性がないとするいくつかの研究もあり、AMH レベルと妊娠能力との関連を検討する研究において、すべての研究結果が一貫していませんでした。

これらの研究結果を受けて、日本産科婦人科学会では、AMH値は妊娠の確率を予測する十分な証拠がないと判断しています。しかし、その後もAMHは、機能的な卵巣予備能の最良のバイオマーカーとしてますます認識されており、原始卵胞の数、卵巣刺激に対する反応、および閉経までの時間と関連性があるとする研究も発表されてきています。さらに、最近では低 AMH レベルと流産との関連性が示されたり、AMH レベルが自然妊娠を予測することや、体外受精治療でAMH レベルと生児出産との関連性が指摘されており、大規模な研究の必要性が指摘されていました。
最近、これまでに調査された研究よりもはるかに大きなサンプルサイズによる研究が発表されたのでご紹介しましょう(Nelson SM,et al. Fertil Steril2024:122;1114-23)。

『AMHレベル』と『妊娠までの時間』との関連を調べた研究概要

この研究では妊娠を試みてから3ヶ月未満の3,150人の米国女性を対象に、AMHレベルと妊娠までの時間との関連を研究しています。これまでで最大の前向きコホートです。年齢、BMI、出産歴、喫煙状況、多嚢胞性卵巣症候群などの交絡因子を調整しました。また、症例全体の解析のほかに、規則的な月経周期(21〜35日)の女性で、不妊治療を使用していないと報告した女性のみを対象にサブ解析をしています。12サイクル以内の累積妊娠確率と月経周期ごとの相対的な妊娠可能性を検討しています。

妊娠は、自己による尿を用いた妊娠検査での陽性を持って定義されています。研究の参加者は2018年8月から2023年3月の間に血液サンプルを提出した21歳から45歳で、かつ、特定の性腺障害および機能不全(無月経、稀発月経、性腺の先天性異常)の診断を受けた人、または早発卵巣機能不全の診断を受けた人は除外されました。また、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)でも、稀発月経を伴わない人は研究症例に含まれています。

AMH値が低いと妊娠する可能性が低い結果に

この結果、平均7.21 ± 5.32月経周期を観察し、1,325人(42.1%)が妊娠しました。累積妊娠率のグラフをみてください(図1)。

低AMHレベル(<1 ng/mL、n= 427)の女性は、正常なAMHレベル(1〜<5.5 ng/mL、n =2219)の女性と比較して、妊娠の可能性が低値でした(調整ハザード比[adjHR]、0.77; 95%信頼区間[CI]、0.64〜0.94)。高AMHレベル(5.5+ ng/mL、n= 504)と正常なAMHレベル群の間には違いがありませんでした(adjHR、1.11; 95%CI、0.94〜1.31)。 また、各月ごとの妊娠確率(図2)は、すべてのAMH群で4回目の月経周期で最も高い値を示しました:低AMHレベル群で11.2%(95%CI、9.0〜14.0)、正常AMHレベル群で14.3%(95%CI、12.3〜16.5)、高AMHレベル群で15.7%(95%CI、12.9〜19.0)。

さらに、月経が規則的な人に限っての分析(n = 1,791)(図3)でも、低AMH群は正常AMH群と比較して妊娠の可能性が低値を示しました(adjHR、0.77; 95%CI、0.61〜0.97)。

また、各月経周期ごとの妊娠確率でも、全症例を対象とした解析とほぼ同様でした(adjHR、0.90; 95%CI、0.85〜0.95)が、すべてのAMH群で3回目の月経周期で最も高い値を示しました(図4)。

ライフデザインを考える際に役立つAMH検査

これらの結果より、低AMHレベル(<1 ng/mL)の人は、妊娠の可能性が有意に減少しているため、AMH情報は患者へのカウンセリングに役立ち、また女性が自らライフデザインを設計する際の助けとなると思われます。 また、AMH検査は保険適応となったため、月経周期の不順の方は積極的に検査することをお勧めします。さらに、月経周期が順調な方においても、AMH値を知るための社会的な仕組みが、自治体等による助成制度として整備されてきているため、この制度等を利用し、自らのライフデザインを設計する際に利用することをお勧めします。