本当は2人以上の子どもが欲しいにもかかわらず、その実現を躊躇する「二人目の壁」。1more Baby応援団が全国の子育て世代の約3000人に対して行った調査では、7割以上の方がこの「二人目の壁」を感じていると回答しています。

この記事では、そんな「二人目の壁」を実際に感じている方、感じたことがある方に行ったインタビューの内容をご紹介しています。もしかしたら、あなたの「二人目の壁」を乗り越えるためのヒントが見つかるかもしれません。

今回ご紹介するのは、「(希望していた)3人目の出産を諦めかけている」と語る武内カオルさん(33歳・仮名)とコウタロウさん(35歳・仮名)夫妻です。中国地方にお住まいの武内さん夫婦は、ともに正社員の共働き家庭。カオルさんは自動車販売業、コウタロウさんは製造業で働いています。

現在、5歳と1歳になるお子さんをお持ちの武内さん夫婦ですが、様々な経験を経て、カオルさんが希望する3人目には躊躇があると言います。どのような経緯でそうした躊躇いを持つに至ったのでしょうか。詳しく聞いていきます。

30歳になる前までに子どもをつくりたいと思っていた

いわゆる〝合コン〟で出会ったお二人。初対面だったにもかかわらず、最初に出会った瞬間からカオルさんは「この人と結婚するかもしれない」と感じました。

「『こんにちは』と挨拶したときに、この人のような気がすると思ったんです。そんなふうに思いながら会話してみたら、すごく話しやすかったのを覚えています。それからすぐに連絡がきて、2人で会いましょうってことになりました。ただ、わたしが繁忙期に入っていたので、2〜3ヶ月は会えなかったんですけど。当時、年齢的にはわたしが27歳で彼が29歳で、付き合い始めて1年ほどで結婚しました」

同僚や友人で結婚をする人が多かったことからコウタロウさんはパートナーを探していたそうですが、一方のカオルさんは母親の影響があったと言います。

「わたしの母親は30歳のときに(第一子である)わたしを産んでいて、そのあと2〜3年ごとに弟にあたる2人を産んでいるんです。自分が子どものときに、友だちの母親と比べて自分の母親が歳を取って見えたことが記憶に残っていて、その影響でわたしは30歳になる前には子どもをつくりたいと考えるようになったんです」

もちろん母親世代と比べて晩婚化が進んでいることは理解しているものの、そのときの思いは自分が年齢を重ねても変わりませんでした。

「だから出会いを求めていたというのもありますし、交際から結婚までが1年とトントン拍子に進みましたし、結婚したらしたで、すぐに妊活を始めたんです。実際には、結婚して次の年に出産したので、第一子は28歳で産んでいます」

自ら心の不調を察知し、会社に掛け合って営業職を離れた

カオルさんのなかで結婚、妊娠、出産は希望していた流れだった一方で、夫婦としての話し合いはあったのでしょうか。

「『子どもは何人ほしいよね』という厳密な話し合いの場というのを設けたことはありませんが、普段の会話のなかで認識を合わせたことはあったと思います。具体的には、わたしは3人を希望していて、夫は2人がよいと言っていました。それなら共通認識として最低2人はほしいということだから、まずは1人目を早めにつくろうということになり、結婚後わりと早く妊活を始めたと記憶しています」

その際、基礎体温を計ったり、排卵日予測をしたりといった特別なことはしていなかったようです。

「わたしは週末も仕事がある業界ですし、夫のほうもシフト制で夜勤もある仕事ですので、なかなか休みのタイミングが合わなくて、思うように妊活は進められませんでしたね。それでも1年未満で妊娠できたので、『案外、すんなりとできて良かった』という印象を持ちました」

妊娠直後は、営業職という仕事柄、人と会わなくてはならない状況が負担となり、精神的にも追い込まれました。心の不調を察知したカオルさんは会社に相談し、営業職を離れることにしました。

「あのときわたしは鬱っぽくなっていて、このままではマズイと思って、会社と相談して営業職を離れる決断をしました。会社のほうも理解を示してくれて、別の店舗への異動になる形で、接客をしなくてもいいポジションをあてがってくれました」

それでいったんは落ち着いたものの、ほどなくしてつわりがやってきました。

「妊娠4ヶ月くらいのときから、食べづわりが始まって、出産当日までそれがずっと続きました。分娩台で陣痛のなかでも気持ち悪くて吐いた記憶もあります。とにかくずっと船酔いしているような感覚で、仕事もたびたびお休みをいただいていました。産前休暇は有給も使いながら予定よりも2ヶ月早く取りました」

そうしたカオルさんの状況を見かねたコウタロウさんは、「家事はやらなくていい。買い物は自分でやるし、洗濯や掃除は自分が休日にやるから」と買って出てくれたといいます。一方で、祖母の介護と自身の仕事(フルタイムの看護師)の兼ね合いで、実母からのサポートは最低限でした。

「家と家が片道30分くらい離れていたこともありますが、第一子の妊娠中は、母は母で仕事や介護で忙しかったので、あまり頼ることはできない状況でした」

陣痛促進剤を使ったものの、出産自体はスムーズに進みました。コウタロウさんも立ち会うことができ、2人で「こんなにもかわいい生き物がいるものか」と感動しました。とくにコウタロウさんの感動は大きかったと言います。

「実は、夫は両親が早くに離婚していて、きょうだいもいないんです。だから彼には人一倍の家庭に対する憧れがあったらしく、それもあって、わたしは生まれてきた赤ちゃんを最初に夫に抱っこしてほしいと助産師さんに伝えました」

出産直後の赤ちゃんを胸に抱き、肌と肌を触れ合わせる、いわゆるカンガルーケアは、多くの母親が切望するものですが、なぜコウタロウさんに最初の触れ合いを譲ったのでしょうか。

「お付き合いしている当初から、わたしは家族間の仲が良くて頻繁に連絡を取り合うような状況でした。一方の夫は、家族の話をほとんどしていませんでした。きっと家族と疎遠なのだろうと思い込んでいて、家族とか血のつながった子どもというものを強く意識してもらうためにも、最初の抱っこは夫にしてもらおうと考えたんです。実際は夫と義母は疎遠でも何でもなかったんですけどね」

生後3ヶ月のとき、「我が子を抱っこしたくない」という感情が芽生えた

しかし、出産後も子育てが順調に進んだと思っていた生後3ヶ月のとき、カオルさんは異変を感じました。

「気持ち的にかなり落ち込んだ影響で、我が子を抱っこしたくないという感情が芽生えてきました。というのも、夜泣きで眠れない日々が続いたうえ、コロナ禍が始まって、夫以外とだれとも接することがなくなったからです。しかも夫はシフト勤務なので、通勤時間も帰宅時間も変則的だったので、夫とすら会話をするタイミングがないという時期もあったりしました。わたしの親しい友人は結婚がまだだったし、相談相手がおらず、なにが正解でなにが不正解なのかわからないまま模索していたら、どんどんドツボにハマっていった感じです」

そのときの自分の気持ちは、いまでも鮮明に覚えているのだとか。

「子どもが泣いていますよね。それを見て、憎たらしさを感じるというか、なんでずっと泣いているの? と苛立ちを覚えて、そんな感情をもっても意味がないということは理解していたものの、抑えられないという感じでした。だからそうなったときは、子どもの安全を確保したうえで、自分は離れた別の部屋に閉じこもって、心が落ち着くのを待つという感じでしたね」

カオルさんは、どうやってその時期を乗り越えたのでしょうか。

「そんなタイミングで、たまたま産後ケアのことを知ったんです。産後ケアをしている助産院に行って、助産師さんとお話ししたり、赤ちゃんを預かってもらって、1人でリフレッシュしたりして、少しずつ状況を改善することができました。助産院では、先生に状況を話すことで、自分のことや状況が客観的に見られるようになって、自分を取り戻していくことができました。自分がいま、育児休暇で休んでいるんだから、ぜんぶ自分でできるようにしないといけない、やらなきゃいけないって思い込んでいたんです。たとえば、わたしは母乳育児がしたかったんですが、うまく母乳を与えることができていませんでした」

その結果、余計に母乳育児がしたいという思いが先行していき、「できないけど、やりたい」と袋小路に入ってしまったのです。母乳はだれでも勝手に与えられるようになるわけではなくて、人によっては母乳ケアなどに行ったほうがいいこともある、などが助産院に通うなかで理解できていきました。

「本当にその産後ケアには助けられましたね。夫に関していえば、先ほども言ったようにそもそも彼は育児休暇を取らなかったので、なかなか会って話ができなかったり、会えたとしても、繁忙期と重なっていたせいで、悩みをぶつけても『ふん、ふん』としか言ってくれないから、煮えきらない状況が続いていましたから」

ちなみに、助産院に通うことに関しても、その当時はコウタロウさんからの理解が得られなかったようです。

「出産費用でさえも、出産育児一時金よりも20万円近く多く払っているのに、加えて1回1万円弱もかかる産後ケアに週に何回も通うというのは、どうなのかって腑に落ちなかったみたいです。心の問題が病院で治るわけじゃないだろう、みたいなことも思っていたようです。母乳に関しても、『自分であげたい』と言ったら、『母乳がうまく出ないならミルクでいいんじゃない? 頑張る必要はないよ』と。優しさでそう言っているのかもしれないけれど、わたしとしてはその言葉もけっこう辛くて、もがいていましたね」

職場復帰をすると同期メンバーは全員が昇進・昇給していて「焦った」

そうした第一子の育児経験を経て、4年後にカオルさんは第二子を妊娠・出産しています。4年の期間があいたのには、理由があるのだと言います。

「第一子が1歳になる頃に職場復帰をしたら、同期メンバーの全員が、昇給・昇進していたんです。みんなまだ結婚もしてなかったり、結婚していても子どもはまだだったり、だれも育休を取っていなかったんです。だからわたしが1人だけ取り残されたように感じました。ちょうど第一子を出産したすぐ後の4月に、一斉に昇進していたので、『もし出産していなければわたしも上がれたのか。出産は喜ばしいことだったけれど、タイミング的にはミスったかもしれない』って感じてしまって……。だから、次の子はみんなと同じように昇給・昇進してからという思いを強くしました」

それから3年をかけて、同期に追いついたカオルさんは、2人目に向けた妊活を始めました。しかし、なかなかうまくいきませんでした。

「半年くらいチャレンジしたんですけどうまくいかなくて、夫と相談して、タイミングをきちんと図ってしましょう、ということにしました。もしタイミングを図ってもできなかったら、病院に行きましょうと話し合いました。まわりからも、第二子不妊というのを耳に挟んでいたので。でも、実際に病院に行くというタイミングになって、妊娠が判明しました。それは意外でしたね」

意外に感じたのには理由があります。妊娠が判明し、産院に行ってみると、自分なりに図っていたタイミングから2週間もずれたときに妊娠していたからです。

「アプリとかを使っていたんですけど、あくまでそれは目安にしないとだめですね。わたしの場合、正確ではなかったようです。実は、妊娠したのはちょうどタイミングを図っていない時期で、夫と一緒に『えぇぇ』ってなりました」

第二子のときも食べづわりに苦しめられたカオルさん。しかし、実家の近くに転居していたうえ、実母が介護をする必要がなくなっていたことから、全面的なサポートを受けることができました。

「2人目のときは、つわりがひどすぎて、入院するほどでした。やはり吐きづわりで、1人目の子育てと仕事とで、いろいろ抱え込みすぎていたこともあって、入院して点滴を打って、少し休まないとだめだと言われたんです。夫も仕事で対応できないときなどは、わたしの母に上の子のお世話をお願いしていました」

「実父の認知症の進行」や「保育園の休日保育の受け入れ停止」の影響で……

なんとか実母のサポートのもと、妊娠期間中を乗り越えることができたカオルさん。出産自体は、スムーズにいったようです。

「2人目の出産はかなりスムーズでした。たとえば夫は、1人目のときの反省を踏まえ、育児休暇を取得したり、退院した直後には助産院に連れて行ってもらい、母乳で育てるための母乳ケアを受けたり。〝産後うつ〟のようなこともなく、過ごすことができました」

その後、職場復帰を果たすべく、1歳になった第二子の保活に取り組んでいたところ、いくつかの問題が発生しました。ひとつは実父の認知症の進行です。

「わたしが2人目を産んだくらいのときに、父が転倒してしまったんです。その影響で、一気に認知症が進行して、母の手を借りることが難しくなりました。わたしの仕事は休日もガッツリ働きます。1人目の出産のときには、休日は実家(両親)の助けが得られたため、仕事をやめずにキャリアを積み上げつづける選択ができましたが、いまはどうなるか見通しが立っていません」

見通しが立っていない理由はほかにもあります。

「実は、わたしが住んでいるエリアの保育園が、『休日保育の受け入れ停止』を決めたんです。ファミリーサポートの活用を検討したり、他市町村への休日保育の受け入れの要請を行ったりしていますが、なかなか〝田舎〟ということもあって、一筋縄ではいっていません。金銭的な意味も含め、田舎で親族に頼らずに、共働きで子育てをすることの難しさをひしひしと感じています。2人目は何とかやりくりして乗り越えられたとしても、わたしの本来の希望である3人目は、これでは無理だと諦めているような状況です」

頼れる相手はあらかじめ見つけておくほうがいいと考えるワケ

さらにカオルさんは、自分自身の経験を踏まえて、こう話しています。

「現代において(希望する人数の)子どもを生み育てるためには、頼れる相手を複数見つけておくことが重要なのだなと感じました。サポートが受けられる先が『実家だけ』とか『保育園だけ』だと、なにかの拍子で思い通りにはいかなくなってしまうからです。たとえば、いつでも頼ることができるようにファミリーサポートさんや助産師さんを探しておくということも大切ですが、なにかあってからそうした頼る先を探しても遅いと思います。なぜなら相性があるからです。あらかじめ複数の候補者と会って、自分たち夫婦との相性がよい相手を見つけておかないと、いざというときに頼ることができないでしょう。今回、インタビューを受けたのは、そういった情報発信もできたらいいなと考えてのことなんです」

カオルさんを筆頭にした武内さん夫婦の等身大のお話、いかがでしたか? 2人目の壁が起きる要因や、それを乗り越えるためのさまざまな角度の示唆が散りばめられていたのではないでしょうか。

最後に、「3人目を諦めているわたしが言うのもおかしいのかもしれませんが……」としたうえで、カオルさんはこう付け加えてくれています。

「もちろん妊娠出産や子育てにはいろいろ大変な部分はあるけれど、それを打ち消す以上の楽しさや喜び、幸せがあるのは確かなので、子どもをつくりたいと考えているならば、その選択肢はぜひ捨てないでほしいと思っています」

お話しいただき、たいへんありがとうございました。