「身体の健康はお口から」という言葉を聞いたことがある人も多いと思いますが、今回は不妊症の原因にもなる子宮内膜症と歯周病の関係性についてお話ししてみましょう。

歯周病の罹患率と原因

歯周病とは、細菌感染によって歯の周りの歯ぐき(歯肉)や、歯を支える骨などが溶けてしまう病気です。日本人の歯を失う原因の第1位は歯周病(37%)です。歯周病罹患率は、生殖年齢の15-24歳が20% 、25-34歳で30% 、35-44歳で40%と、生殖年齢でも年齢が高齢化するにつれて上昇します。初期症状としては、口臭、朝起きたら口の中がネバネバする、歯みがき後に毛先に血が付き、口をすすいだ水に血が混じることがあります。さらに進むと、歯肉が赤く腫れてきたり、歯肉が下がりることによって歯が長くなったり、場合によっては歯肉を押すと血や膿が出るようになります。また、歯と歯の間に物が詰まりやすい、歯が浮いて揺れているように感じます。
一般的には、口腔には約数百種類の細菌が住んでいると言われています。普段は悪い影響はありませんが、歯磨きが充分でないと細菌がネバネバした物質を作り出し、歯の表面にくっつき歯垢を形成します。この歯垢は粘着性が強く、うがいをした程度では落とすことができません。歯垢1mgの中には約10億個の細菌が住みついていて、むし歯や歯周病をひき起こすと言われています。歯垢は取り除かないと硬くなり、歯石と言われる物質に変化して歯の表面に強固に付着します。これはブラッシングだけでは取り除くことができません。この歯石の中や周囲にも細菌が入り込み、歯周病を進行させる毒素を出し続けていきます。

歯周病は多くの病気の要因となる可能性がある

最近、この歯周病が口腔内の健康を害するだけではなく、全身の病気と関係することがわかってきました。
口腔疾患と多くの全身性疾患(がん、心血管疾患、2型糖尿病、呼吸器感染症、妊娠の悪影響、神経変性疾患など)との関連を示す報告が蓄積されてきています。しかし、大部分において、特定の歯周病原菌が全身性疾患の発症を刺激するのか、または全身性疾患が歯周病原菌の増加を引き起こすのかは、まだ確立されていないそうです。もし口腔内の病原菌が全身の疾患を引き起こすのであれば、歯周病を治療することが、全身疾患の治療の一環、または予防となり、医療として明白なターゲットとなります。また、最低限、歯周病原菌の存在は全身の疾患を予測する診断マーカーとして使用できるかもしれません。

子宮内膜症の症状と影響

一方、子宮内膜症は、子宮内膜に似た組織が子宮の内側以外の場所で増殖する病気です。これにより、月経のたびに腹痛や性交時の痛みなどの症状が現れます。主な症状としては、月経時に非常に強い痛みがあります。また、性交時や排便時にも痛みを感じることがあり、不妊症の原因となることがあります。診断方法は内診、超音波検査、さらに詳細な画像を得るためにMRIを使用することもあります。治療法は、鎮痛剤やホルモン剤があります。手術療法として、病変部を取り除く手術を行うこともあります。子宮内膜症は、年齢が高くなるほど発生頻度が高いと言われています。子宮内膜症の原因は完全には解明されていませんが、月経血の逆流説、体腔上皮化生説、遺伝的要因などの仮説があります。しかし、この仮説はまだ研究段階であり、確定的な原因は明らかになっていません。

歯周囲炎と子宮内膜症との関連を調べた研究の概要

今回ご紹介する研究(Jin B, et al. Front Endocrinol (Lausanne). 2024 Feb 29;15:1271351.)は、この歯周囲炎と子宮内膜症との関連を研究しています。この研究では、複雑な因果関係を明らかにするための強力なツールである、遺伝的変異を用いて因果関係を評価する方法Bidirectional two-sample Mendelian randomization (MR) studyを用いています。この方法では、異なる2つのサンプルセットを使用して、特定の曝露(例えば、ある病気のリスク要因)と結果(例えば、別の病気の発症)の間の因果関係を調べます。Bidirectionalという言葉が示すように、この方法では因果関係が双方向であるかどうかも評価します。つまり、ある要因が結果に影響を与えるだけでなく、結果が逆にその要因に影響を与えるかどうかも調べます。

特定の疾患や形質に関連する遺伝的変異を特定するための研究手法(Genome-wide association studies ;GWAS)は、数千から数百万の遺伝的マーカー(主に一塩基多型、SNP)を対象に、疾患を持つ集団と持たない集団の間で遺伝的変異の頻度を比較します。この手法により、特定の疾患や形質に関連する遺伝的変異を特定することができます。例えば、糖尿病、心疾患、アルツハイマー病などの疾患に関連する遺伝的リスク要因を明らかにするために利用されています。今回の研究では、すでに3つの公開されたGWASデータから歯周病に関連する一塩基多型(SNPs)を選択しています。SNPsは、遺伝的多様性の一つの形態であり、個体間の遺伝的差異を生み出す要因の一つです。

子宮内膜症およびそのサブグループのデータは、FinnGen GWASデータから取得しています。FinnGen研究は2017年に開始され、フィンランドに住む18歳以上の50万人以上の参加者を含んでいます。子宮内膜症全体(8,828例、68,969対照)、卵巣の子宮内膜症(3,231例、68,969対照)、骨盤腹膜の子宮内膜症(2,953例、68,969対照)、および直腸膣中隔と膣の子宮内膜症(1,360例、68,969対照)を抽出しています。また、検証としてUKデータベースから別の子宮内膜症のデータを選択しました。UKデータベースは、主要な疾患の原因における遺伝学、環境、およびライフスタイルの役割を調査することを目的とした大規模な前向き研究です。そのデータは、イギリスの40〜69歳の50万人のボランティアから収集されました。

一方、歯周病リスクの結果データは、Gene Lifestyle Interactions in Dental Endpoints (GLIDE)がヨーロッパ人を対象に実施したGWASメタアナリシスから取得されました。歯周病を曝露としての分析では、5つのSNPsを選択しています。逆に子宮内膜症を曝露として分析では、子宮内膜症全体、卵巣の子宮内膜症、骨盤腹膜の子宮内膜症、および直腸膣中隔と膣の子宮内膜症に関連する操作変数としてそれぞれ10、10、5、および13のSNPsが選択されています。

研究結果からみる歯周病と子宮内膜症の関係性

歯周病と子宮内膜症リスクの関連に関するMR分析のサブグループ分析では、3つの部位の子宮内膜症のうち、歯周病と関連があったのは、唯一、骨盤腹膜の子宮内膜症でした(OR = 1.079, 95% CI = 1.016から1.146, P = 0.014)。

以前からも歯周病と子宮内膜症の研究は行われており、子宮内膜症の女性はそうでない女性に比べて歯肉炎および歯周病のリスクが57%高いことが示された研究があります。また、子宮内膜症の人は正常な人よりも歯肉炎の程度を評価するための指標が高く、中等度および重度の歯周病が子宮内膜症の女性によくみられることを明らかにした研究もあります。まだまだ研究していく必要性はありますが、今回の研究結果を含めて、歯周病は子宮内膜症に影響を及ぼしている可能性が高いと思われます。

子宮内膜症の予防はもちろん、全身のいろいろな疾患の予防のためにも、日ごろから歯周病予防に取り組み、歯周病になっても早めに治療していくことが大切ですね。歯周病の原因は歯垢ですから、歯垢を形成しないように、正しい歯ブラシの方法を毎日実行し、清潔な状態を維持してください。