今回のコラムでは、出産回数と、「女性の全原因による長期的死亡リスク」や「特定の原因による長期的死亡リスク」との関連性について考えてみましょう。

出産と長寿の関係性に対するこれまでの考え方

近年、 出産回数は、女性の健康に長期的な影響を与える重要な要因である可能性が高いとして、多くの研究がなされてきました。

これまでの研究では、女性の長寿は、母体の体力を消耗させる行為である妊娠・出産を経験することによって達成できない可能性があり、出産回数の増加に伴って長期的な死亡率が上昇することが示唆されていました。しかし、その後の研究では、出産回数と死亡率の間に線形の用量反応関係、すなわち「分娩回数が増えると死亡率が増加する」という相関関係がないことが明らかになり、分娩回数と長期的な死亡率の関係性に関する証拠は、現在に至るまで不明確でした。

産前・産後などにかかる「うつ病」は死亡率にも関係性が

一方、うつ病は精神的な気分障害であり、女性の生殖能力と複雑な関係があることが広く認識されています。例えば、女性の生殖能力の低下に関係する遅発月経、続発性無月経、不規則な月経周期が該当します。それに加えて、妊娠・出産を経験する女性は、妊娠中や産後にうつ病を含む様々な心理的な障害にかかりやすく、女性の約20%が妊娠中および産後のうつ病に苦しんでいます。子どもを育てる負担は、親に対して身体的圧力や長期的な経済的圧力をかけるだけではなく、精神的・心理的ストレスも引き起こしています。

さらに、うつ病は疾病の増加や、全死亡率の上昇にも関連しており、心血管疾患(CVD)、がんの発生率、早期死亡のリスクも高めると言われています。また、出産回数が長期的な死亡リスクとうつ病の両方に影響を与えていることが示唆されており、うつ病と死亡リスクの間には強い関連があることが示されています。しかし、うつ病が出産回数と死亡率の関係を媒介するかどうかは不明でした。

最新の研究結果からみる分娩回数と女性の長期的死亡リスクとの関係

今回、ご紹介する研究は、出産回数を出発点として、国民健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey:NHANES)のデータを利用し、女性の出産回数と全死亡率、CVD死亡率、がん死亡率、その他の疾患による死亡率との関連を調査しています。さらに、うつ病が出産回数と死亡率の関係を媒介するかどうかを検討している研究です(掲載が受理されたばかりの論文です。 Deng Z. et al. Human Reproduction 2024, 00(0), 1–12; https://doi.org/10.1093/humrep/deae196。)。

NHANESは、米国の成人と子どもの健康および栄養状態に関するデータを収集するために設計された横断的調査です。米国人口の代表的なサンプルからデータを収集するために、家庭インタビュー、移動センターでの身体検査、呼吸機能検査・循環機能検査・神経生理検査・超音波検査などの臨床検査、および健康関連のアンケートを通じて行われています。2005年から2018年の間に2年ごとに行われた7回のNHANESデータから70,190人のデータを統合した後、自己報告による生殖データがあり、且つ分娩回数およびうつ症状に関するデータの記載がある女性で、生存追跡データがある症例(16,962人)を分析しています。

分娩回数は自己申告であり、生殖健康質問票から取得され、うつ病スコアは患者健康質問票9(The nine-item Patient Health Questionnaire)から、そして特定の原因による死亡は国際疾病分類第10版(The International Statistical Classification of Diseases, 10th Revision: ICD-10)が使用されています。これらのデータを用いて、分娩回数、うつ病、および死亡率の関連、さらに、うつ病が分娩回数の死亡率への影響をどの程度媒介しているかを解析しています。

「出産経験のない女性」と「出産経験のある女性」の死亡率の比較

最終的に16,962人のアメリカ人女性を「出産経験のない女性」、「1~3回の出産経験のある女性」、「4回以上の出産経験のある女性」に分け、分娩回数の影響について解析しています。多変量調整後、「出産経験のない女性」と比較して、「1~3回の出産経験のある女性」は全死亡率が17%、癌死亡率が33%減少しました。「4回以上の出産経験のある女性」は、「出産経験のない女性」と比較すると、全死亡率とその他の(癌や心血管疾患以外の)病気による死亡率が低値でした。女性の心血管疾患による死亡リスクと分娩回数の間には相関が検出されませんでした。さらに、うつ病は女性の全死亡率とその他の病気による死亡率に対する分娩回数の影響を、部分的に媒介していました。その媒介比率は、それぞれ3.08%と4.78%でした。

この研究の結果は以上ですが、人口背景、サンプリング方法、基準群の設定、分娩回数のリスク閾値の違いにより、研究間の結果の不一致が生じる可能性があります。例えば、この研究では「1〜3人の子どもを持つ女性」が「出産経験のない女性」に比べてがん死亡リスクが低いことが示されましたが、「4人以上の子どもを持つ女性」ではこの関連が観察されませんでした。これは、出産回数が多いことは乳がん、子宮内膜がん、および卵巣がんのリスクが低下しますが、子宮頸がんのリスクは上昇することに起因する可能性があります。そのため、今後、米国社会において、子宮がんワクチン接種がさらに進むと、人口背景である米国全体の子宮頸がんのリスクが低下し、「4人以上の子どもを持つ女性」でも分娩回数の増加によりがん死亡リスクが低いことが示される可能性もあります。しかし、現状においても、ほとんどの研究では、「出産経験のないこと」は、長期的死亡リスクを高め、健康状態を悪化させると結論づけています。

以上のことから、出産経験は女性の長期的な身体的および精神的健康に対し、生活の質と生存率を向上させていることが判明しました。ご自身のライフプランを、このような視点から考えてみるのもいいですね。