昨年11月のコラムで、東京都の卵子凍結保存の助成制度についてお話ししました。今回は、この凍結技術の基礎・臨床的側面についてお話ししましょう。

凍結保存技術のはじまり

1983年、世界で初めて凍結胚を用いた凍結融解胚移植による妊娠・出産例がオーストラリアのグループから報告されました。その後、この技術は急速に進歩し、現在では体外受精の治療には欠かせない技術となっています。日本においては、1986年に初めて凍結融解胚を用いた胚移植による出産に成功した後、この方法を用いた生殖補助医療が年々増加してきました。

胚移植数あたりの妊娠率と多胎率との関係性

この要因の一つには、体外受精の技術が向上し、1回の採卵手術で多数の良好胚ができるようになったことが挙げられます。一度に多数の胚を子宮内に移植すると、胚移植あたりの妊娠率が向上する一方、多胎になる確立が上昇します。妊娠率の向上は必要ですが、多胎になると早産になりやすく、分娩時のリスクも増すため、多胎率を下げる必要性が出てきました。当時の日本産科婦人科学会は、すでに日本全体の体外受精に関するデータをまとめていました。このデータを解析すると、胚移植数が増加すると明らかに多胎率は上昇していました。

このため、胚移植数を制限することを目的として、胚移植数あたりの妊娠率と多胎率との関係を検討しました。その結果、胚移植当たりの妊娠率は3個の胚移植までは上昇するが、4個以上の胚を子宮に戻しても妊娠率は上昇しないことが判明しました。そこで、日本産科婦人科学会は、1996年に胚移植数を3個以下にすることを会告として発表しました。これにより、三つ子以上のスーパー多胎を妊娠するケースはほとんどなくなりました。しかし、双子の場合でも単胎妊娠と比較すると妊娠・出産時のリスクが高くなるため、日本産科婦人科学会は、さらに2008年に胚移植数を原則1個とする会告を発表しました。

この会告以後、多くの胚が凍結されることになり、この凍結された胚を用いた凍結融解胚移植の治療が急増しました。一番最近のデータである2021年の治療では、全治療数の41.8%が凍結融解胚(卵)を用いた治療となっており、出生児の92.7%が凍結融解胚を用いた治療で出生した児となっています。このように多くの児が凍結融解胚を用いた治療での出生となっているのは、培養技術や胚の質の評価法が向上したことに加えて、移植する子宮内膜環境が採卵時と異なり、より自然に近い環境となっていることも好影響を与えていると考えられています。

凍結技術の進歩

凍結融解胚移植の治療数の増加した要因のうち、もう一つ重要なのが、凍結技術の進歩です。胚の細胞は、身体の他の細胞に比較しサイズが大きいため、他の細胞よりも凍結融解する際にダメージを受けやすく、特に細胞内に存在する水が細胞内で凍ると、細胞内の構造を破壊し、細胞が死に至ると言われています。卵子は胚の細胞よりもサイズが大きいため、さらにダメージを受けやすいと言われています。そのため、凍結する際はなるべく受精して分割し、一つ一つの細胞サイズが小さい胚の方が凍結保存には適していると考えられています。

胚を凍結保護剤に入れた後に、『スローフリージング』といって、ゆっくり凍結保護剤の温度を下げて(1分間に0.3℃)、-40℃の時点で、液体窒素(-196℃)に投入する方法が開発されました。この方法はゆっくり温度を下げるため、全工程を行うには約3時間かかります。日常の臨床でこの方法を使用するのは時間がかかりすぎるため、とても大変でした。この改良法として、『プログラミングフリーザー』が開発されましたが、それでも時間はかかりました。また、胚盤胞胚や受精前の卵子の凍結は、この方法では成功率が低値でした。2000年以降になって、この欠点を解決する『ビトリフィケーション法(超急速凍結法)』が開発されました。この方法では、細胞を最初に高濃度の凍結保護剤液に入れ、細胞内の水を抜いた後、直ちに-193℃の液体窒素の挿入する方法であり、胚盤胞胚や卵子にも応用できます。全工程にかかる時間も1時間以内と、臨床に応用するにはとても便利で信頼性の高い方法です。

凍結融解胚移植で出産した赤ちゃんへの影響について

これらの凍結方法の改良により、凍結融解胚移植は生殖補助医療法の根幹になりつつあります。しかし、以前にもお話ししたように、凍結融解胚移植で出産した児の体重は、自然妊娠や、体外受精でも新鮮胚で胚移植して出生した児と比較すると、やや体重が重いという事実があります。しかし、現在までの調査では、その他の大きな問題は出ていないようです。ただ、最近の報告(Terho et al. Hum Reprod. 2024 Jan 4:dead264. doi: 10.1093/humrep/dead264. )
では、成人になった女性では見られないのですが、成人男性では、凍結融解胚移植で出産した人は、自然で妊娠した人・体外受精で凍結せずに新鮮胚で胚移植し妊娠した人と比較すると、体重過多の人の割合が多かったそうです。よって、この方法に関しては、出生した人の成長経過を今後も注意深く観察していく必要があると考えています。この治療法が必要な方には、今後もこの治療法を提供していきますが、将来、子どもを持つことを希望している方は、なるべくこのような治療が必要ないような、人生設計をしていくことも、大切だと思います。