流産については以前のコラムでも取り上げました。
以前のコラムでは、流産はどの年齢でも起こりますが、若いと流産率は低く、高齢になると高くなり、この主たる原因は受精卵(胚)の染色体異常に起因することを説明しました。20代での流産率は20%以下ですが、40歳で約30%、42歳で約40%、44歳では約50%となっています。
また、流産する原因は受精卵側だけにあるのでなく、受精卵が着床し発育する環境である子宮(母体)側にもあり、その例として体重の影響についても説明しました。
流産は防ぐことができる?
卵子と精子が受精してできた受精卵(胚)の染色体異常は、一定の確率で起こるため、自然妊娠では防ぐことはできません。
しかし、体外受精の治療を受けている方は、PGTA(受精卵着床前検査)といって、体外で受精して発育した胚が胚盤胞になったときに、胚盤胞の一部の細胞(胎盤になる細胞)を数個採取し、その染色体を検査することによって、正常胚かどうかを検査し、正常胚のみを胚移植することによって、流産を防ぐことは可能です。ただ、この場合でも、子宮(母体)環境による因子は除くことができないため、流産率を0にすることはできません。しかし、子宮(母体)側の因子は、その影響をある程度除去できる可能性はあります。その一例が体重調節です。
失業と流産・死産の関係性
さて、今回ご紹介する論文(Di Nallo A, et al.Hum Reprod. 2023 Sep 27:dead183. doi: 10.1093/humrep/dead183. Online ahead of print.PMID: 37758648)は、『失業と妊娠喪失(流産・死産)との関係』を研究した論文です。この研究では、2009年から毎年イギリスに在住する約4万世帯にインタビューを行う「Understanding Society」という、特定の人を長期間にわたって繰り返し観察する研究デザインを用いています。使用した研究期間は2009年から2022年までで、このうち妊娠成果と受胎の状況がはっきり登録されたデータを用いています。インタビュー時点で妊娠が進行中のデータは解析結果から除外しており、全部で8,142件のデータを解析しています。
妊娠経過が順調で出産に至ったグループ(n=8006)と、途中で妊娠喪失(流産・死産)に至ったグループ(n=136)に分け、女性とパートナーが在職中かまたは、どちらか一方、または両方が解雇や退職などの理由で失業したかを特定し、その影響を統計解析モデル(ロジスティクス回帰モデル)を用いて解析しています。モデルは、段階的なアプローチに従って社会経済的特性などの調整変数で調整されています。
その結果、女性の人口統計的背景(年齢、民族、両親の最高社会階級など)と流産の既往歴で調整したベースラインモデル解析では、妊娠中に本人やパートナーが失業する経験をした女性は、流産や死産のリスクが高まると推定されました(オッズ比(OR)=1.99、95%信頼区間(CI):1.32~2.99)。社会経済的およびパートナーシップ関連の共変量で調整したモデルでも、この関連性は強固でありました(OR=1.81、95%CI:1.20~2.73)。この結果から、妊娠中に本人やパートナーが失業すると、流産や死産のリスクが高まると言えます。
流産に影響する環境
先行研究では、高齢出産、染色体異常、生活習慣、遺伝的素因など、妊娠喪失の原因となる要因がいくつか明らかにされていますが、さらに、妊娠中に自然災害、大気汚染、経済不況などの環境ストレッサーにさらされることも、妊娠喪失リスクをもたらす可能性があると言われています。特に、震災時の避難所などで生活する妊婦では,流早産,子宮収縮,性器出血のほか,蛋白尿や血圧の上昇,浮腫など妊娠高血圧症候群の症状がみられることがあり、在胎週数および出生体重の有意な減少,早産および低出生体重児率の増加がみられ、妊娠転帰が悪化するリスクがあると言われています。
失業と流産・死産との関係から考える原因について
今回の研究から、妊娠中の失業というストレスが、生理的、心理社会的及び経済的困難を引き起こし、妊娠喪失を引き起こすと考えられます。この機序としては、第1に、ストレスを受けると生理的反応として、流産リスクを高めることが明らかとなっているホルモンであるコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)、副腎皮質刺激ホルモン、およびコルチゾールの産生が誘導されることが挙げられます。特に、CRHは子宮収縮や早産を引き起こす可能性があることが知られています。第2に、収入の減少により、出産前ケアへのアクセスとコンプライアンスが制限される可能性があることが挙げられます。制限されることにより、リスクのある妊娠の発見が遅れるか、または、発見されない可能性があります。このことにより、流産・死産のリスクが増加し、胎児の健康を危険にさらす可能性があります。第3に、失業による感情的な不快感は、健康に有害な行動を引き起こす可能性があります。例えば有害物質の使用や喫煙や不健康な食事の摂取などです。
妊娠中の本人、またはパートナーの失業は、避けられるものであればなるべく避けるように努めることが大切であると思います。しかし、もしそれが避けられない場合でも、失業が引き起こす流産・死産のリスクを高める可能性のある3つの機序を抑制し、①精神的安静を確保、②ご自分の健康状態に細心の注意を払う、③健康に有害な行動を行わないように努力する、ことが大切になります。
妊娠中の失業は、流産を引き起こす原因としては少し特殊ですが、流産の原因にはいろいろあることをお話ししました。