前回、妊娠時にどの程度の体重増加が適切かについてお話ししました。その中で、凍結融解胚移植で出生した赤ちゃんは、自然妊娠や体外受精で凍結せずにすぐに胚移植して生まれた赤ちゃんよりも小さく生まれることもご説明しました。さらに、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)をした胚を凍結融解し、胚移植をして出産した赤ちゃんの体重は、PGT-Aをせずに凍結融解胚移植した赤ちゃんとほぼ同等の体重であったとお話ししました。すなわち、PGT-Aの操作は赤ちゃんの体重には影響しないようですので、少し安心ですね。

PGT-Aは保険適用される?

このPGT-Aは現在、体外受精の治療の分野ではトピックな話題であるため、わかりやすく現状についてお話しましょう。本年4月に不妊治療が保険診療となりましたが、PGT-A検査手技は保険適応外となりました。また、先進医療としての登録も完了していないため、自費検査となります。このため、体外受精の際に胚にPGT-A検査を同時に行うと、体外受精の治療も自費で行われなければなりません。体外受精の助成制度がなくなった現在では、自己負担額が大きくなっています。

PGT-Aのメリットとデメリット

PGT-A検査は、胚の染色体が正常か否かを調べる検査であるため、この検査によって正常な胚が増えるわけではありません。よって、採卵手術当たりの妊娠率が上がることはありません。また、40歳以上の方の場合、この検査をしても胚移植に適した胚が存在しないケースもあり、このような場合、検査費用はかかるものの胚移植ができないということが増えてきます。さらに、この検査は胚盤胞の一部の細胞(将来胎盤になる細胞から数個)を採取するため、この採取の際の胚へのダメージがおこります。よって、たくさんの症例で検討した場合、この検査を行わずに胚移植した人に比べると、PGT-A検査を行った人は、採卵当たりの正常妊娠率がやや低くなるとの報告もあります。

しかし、PGT-A検査を行った胚を移植した人は、移植可能胚が選択され胚移植が行われるため、胚移植当たりの妊娠率は高値となります。しかし、着床には胚側の要因だけでなく、着床の場である子宮側の要因も関与するため、PGT-A検査を行った胚を移植した場合でも、胚移植当たりの妊娠率は100%にはなりません。それでもこの検査のメリットを挙げるのであれば、以前よりは胚移植当たりの妊娠率は高値となり、かつ妊娠後の流産率は低値になることです。

PGT-Aにおける胚の判定基準について

次に、この検査を行ったときの胚の判定基準についてお話ししましょう。日本産科婦人科学会の「着床前胚染色体異数性検査における胚診断指針」によると、判定基準は次のように記載されています。

判定A:すべての常染色体が正倍数性である胚
判定B:すべての常染色体が正倍数性であるとも異数性であるとも言えない胚(多くは常染色体の異数性あるいは構造異常を有する細胞と常染色体が正倍数性細胞とのモザイクである胚を指すが、アーチファクトと区別できない場合も含まれる)
判定C:常染色体の異数性もしくは構造異常を有する胚
判定D:解析結果の判定が不能な胚

これらは、あくまでも移植の可否を考えるにあたり参考にするための判定であり、実際に胚を移植するかしないかに関しては、患者とそのパートナー(以下、カップル)、そして担当医師との3者での話し合いの中で、カップルが自律的に意思決定する必要があります。

移植可能な胚の判定結果について

PGT-Aを行った胚のうち、判定Aと判定Bが移植可能胚になります。判定Aが移植可能であることは皆さんも当然と思うでしょう。しかし、判定Bについて説明しないとわかりにくいですよね。それでは、判定B胚で多く観察されるモザイク胚についてご説明しましょう。Weblio辞典で調べると、「1個の生物体に、一つあるいはそれ以上の遺伝的に異なる形質が体の部分を変えて現れ、共存する現象。」と あります。すなわち、 正常な胚盤胞ではすべての細胞が46本の染色体を持っていますが モザイク胚盤胞では、 胚盤胞にある数十の細胞のうちのいくつかは 正常な染色体数を持っているが、残りの細胞では染色体数が正常とは異なり、多い、または少なかったり、または、一本または数本の染色体の構造が欠失している、または増えていたりする異常な細胞となっている状態を示します。この正常細胞と異常細胞が混じりあっている状態をモザイクと言い、そのような状態の胚をモザイク胚と言います。

判定B胚(モザイク胚)でも移植可能な理由

では、なぜこのようなモザイク胚を胚移植可能胚とするのでしょうか?モザイク胚を移植し妊娠した場合には、羊水検査等をして正常妊娠なのか確かめたほうがいいですね。しかし、臨床上わかってきたことは、「着床前胚染色体異数性検査における胚診断指針」に下記のように記載されています。

「モザイク胚は、移植あたりの妊娠率が低く、流産率が高いとされているが、生児が得られる場合もある。しかしながら、モザイクと判定された胚の中にも低頻度モザイクから高頻度モザイクまでモザイク率は様々であり、モザイク変化が単一染色体のみに認められるものから、複数の染色体に認められるものまで多様であることから、それらの胚の移植後の予後予測は容易ではない。カップルに対してそのような情報提供を行った上で、移植を実施するかどうか、カップルが自律的に意思決定する。モザイク胚を移植すると、妊娠の不成立、流産の可能性もあるが、妊娠が継続した場合、混在した異数体細胞は淘汰によりその割合が生検時よりも減少している。結果として染色体異常がなく出生することが十分に期待できるが、モザイク型染色体異常を持った状態で出生し、モザイク頻度によっては表現型を伴う可能性もありうることを必ず伝えておく必要がある。胎盤だけに異数性細胞が残る場合もある。」

これ以外にも、理解するのが難しいところも多々あるため、日本産科婦人科学会はホームページに解説動画と、この動画を理解したかを調べるチェックリストを掲載します(2022.8.31~)。この検査を受けることを検討している方は、この動画を見て、チェックリストを用いてご自身でこの検査のメリットとデメリットをできるだけ理解してください。そのうえでPGT-Aをご希望の方は、専門家の説明も聞くことが必要になります。多くの、そして正しい情報を得た上で、ご自分はどうするのかを、判断してください。