妊娠中の体重管理について迷っている方も多いのではないでしょうか?
以前の記事で、妊娠する前の体重は、至適範囲(健康上の適切な範囲)より低値でも高値でも妊娠に影響があり、妊娠を希望してから妊娠に至るまでに要する期間が長くなったり、妊娠中のトラブル(胎児や新生児死亡)を増加させることをご紹介しました。
この記事に記載したこと以外にも、低出生体重児、早産、緊急帝王切開、妊娠高血圧症候群、巨大児などのリスクも増加させます。しかし、妊娠中は胎児の発育やその付属物である胎盤や羊水が増えるため、妊婦の体重も増加します。どの程度増えるのがよいのか、今回の記事では、その目安について お話したいと思います。
日本は低出生体重児の割合が高い国
以前はかなり妊娠中の体重増加は厳しく制限されていました。これは、妊娠時に高血圧などの症状を発症する「妊娠高血圧症候群」を抑えることが目的です。1997年の日本産科婦人科学会の推奨値では、BMI{(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が18~24の人の望ましい体重増加は、7~10㎏でした。これより低いBMIの方では、増加率はさらに+2~3㎏、すなわち10~12㎏の増加が目安でした。一方、BMIが24を超える人では、BMI18~24の人と比較すると、約マイナス5㎏、すなわち5~7㎏の増加が目安となっていました。しかし、このような厳格な管理のため、日本で出生する赤ちゃんの体重は低出生体重になることが多く、近年は全出生児に対する低体重児の比率は9.5%前後となっています。
日本は、経済協力開発機構(OECD)の国々の内でも、ギリシャに次いでこの比率が高い国となっており、大きな問題となっていました。
低出生体重児が持つ様々なリスク
また最近、低出生体重児で生まれると、その後の子どもの健康に悪影響が起こることがわかってきました。これは、「DOHaD(ドーハッド)学説」と呼ばれ、胎児期や新生児期の環境が将来の健康を左右するとされています。胎児期に栄養失調にさらされると、小さく生まれやすくなるとともに、食糧難でも生き延びられるように、胎児の遺伝子が変化します。
しかし、現在の状況では、生後の子どもは食料が豊富な環境で育つことが多いため、変化した遺伝子を持つ赤ちゃんは、成人して生活習慣病になりやすいと言われています。さらに、低出生体重児で生まれた赤ちゃんは、生活習慣病以外にも統合失調症、慢性呼吸器症候群、骨粗しょう症など、様々な疾患リスクが上昇するとことが明らかにされてきています。
低出生体重児となるリスクを軽減させる体重は?
この低出生体重児の発生頻度を低下させるために、日本産科婦人科学会は2021年3月に新しい妊娠中の体重増加の推奨値を発表しました。この推奨値を決めるために、日本産科婦人科学会は、日本産科婦人科学会の認定指導施設などで2015~17年に出産した妊婦約42万人のデータを基に、新しい体重増加の数値を設定しました。
新しい数値は、低出生体重児、早産、緊急帝王切開、妊娠高血圧症候群、巨大児などの発生率が最も低くなるなど、妊婦さんと赤ちゃんにとって妊娠・出産のリスクの発生率が最も低くなった体重増加数値を算出し、その値を中心に3㎏の幅をもたせました。また、この数値は、妊娠前の体重により、4グループ(BMI:18.5未満、18.5以上25.0未満、25.0以上30.0未満、30.0以上)に分け算出しています(表1)。この推奨値により、今後低出生体重児の発生頻度を低下するとよいですね。
妊娠週数別に見る体重増加の目安
これらの推奨値は分娩時点での推奨体重ですので、妊娠経過中にどの程度の増加であればよいか、なかなか判断しにくいと思われた方も多いと思います。。そこで最近、研究報告のあった妊娠週数別の体重増加の目安値についてご紹介します。(Morisaki N, et al. J Epidemiol. 2021 Aug 28. doi: 10.2188/jea.JE20210049. Online ahead of print.PMID: 34456196 )。この研究は、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の約10万人の妊婦の情報を用いて、日本人女性の「妊娠週数別体重増加」の分布、および現行の「妊娠中の体重増加の目安」を満たすために必要な「妊娠週数別体重増加量」を、妊娠前体重別に算出しています。この体重増加曲線は、この研究者の森崎先生が所属する国立成育医療研究センターのホームページからもダウンロードできます(図1)。
妊娠前からの体重管理が大切である理由
皆さんも、このグラフを用いて妊娠中の体重管理を行い、そしてより健康な赤ちゃんを出産し、その後の健康な発育に繋げてください。しかし、臨床の現場では、BMI18.5未満の妊婦さんの多くはもともと食が細く、赤ちゃんの将来の健康のために「もっと食べて太りなさい」と言っても、今まで以上に食べられないもの現実です。このような方は、ご自身が妊娠するためにも、また妊娠中のトラブル回避や出産後の赤ちゃんの将来の健康のためにも、妊娠前から体重を増やしていくことを意識してください。
現在の日本の20代の約20%、30歳代でも約15%の方がBMI18.5未満です。妊娠直前の時点で低体重の人は、低出生体重児を出産する傾向が高いと言われています。すなわち、日本で低出生体重児の割合がOECD加盟国において高いのは、妊娠時の体重増加制限指導だけではなく、妊娠前のBMIが低値である人が多いことも、要因の一つです。このことからも、将来の自分や赤ちゃんのために妊娠前から体重について意識し、子どもの将来の健康を守ってあげてください。