4月から不妊治療の保険適応が始まり、治療方法ごとの治療費が全国一律となりました。この保険適応によって不妊治療も受けやすくなったと感じて早めに不妊治療を受けられる方も多いと思います。若い時ほど妊娠しやすいため、早めに治療を開始する方が増えると、これも制度改正のメリットの一つと考えられます。
一方、患者さん一人一人の不妊原因やその程度は異なるため、その状態に合わせた治療は行い難くなるのでは?という心配もありますが、まずはスタートしてみて検証していくことが必要かもしれません。
不妊治療を用いることは、妊娠することに関しては後手の方策です。不妊になる前に妊娠を計画していれば、不妊治療を受けることなく妊娠できる人も数多くいます。ですので、妊娠適齢期を知り、不妊になる前の若い時期に妊娠を考えることが、妊娠することに関しての先手の方策となります。
この先手の方法であれば、不妊治療にかけるお金だけでなく、時間も割く必要がありません。仕事においてキャリアを積もうと考えている人は、実は先手の方策を選択した方が時間的にも得策だと考えられます。何より、「不妊治療を続けていても妊娠できないのではないか?」という計り知れなし精神的ストレスがありません。ただ、若い時期から子育てが始まるため、子育てに時間を取られます。これを解決できる方法を妊娠する前に考えておくことも大切ですし、また社会状況としては、どんな時期に産んでも子育てがしやすい社会制度が構築されている状況が行政に求められます。
人の体は元来、妊娠するように作られており、20代であれば90%以上の方が不妊治療に頼らずに妊娠できると考えられています。ですので、妊娠出産を希望する多くの方がこの時期に妊活をすれば、不妊症の方も少なくなるわけです。しかし、現状は年齢の若い時期に妊娠を考えずに過ごし、高齢になってから妊娠を考えるケースが多くあります。加齢によって妊娠する能力が衰えてから妊娠を考えるため、不妊症になる方が増えています。
そこで今回は、人の妊娠適齢期、すなわち妊娠しやすく、妊娠中や分娩時もより安全に過ごすことができ、また分娩後の子育てを楽しく余裕を持って行うことができる妊娠適齢期についてお話しをします。さらに、高齢になると妊娠し難くなりますが、年齢以外にも妊娠を妨げる生活習慣等があるので、これらについてもお話ししようと思います。
妊娠適齢期に関する大切な知識
最初に、妊娠出産の適齢期を知る必要性が生じた現在の日本の状況についてお話しします。図1は 厚生労働省が毎年発表している人口動態統計のデータを基にしたグラフです。このグラフは、平均初婚年齢と出生順位別の出産平均年齢の年次推移を示しています。1975年では女性は平均24.7歳で結婚し、第一子の出生平均年齢は25.7歳でした。これが、40年後の2015年では、結婚平均年齢は29.6歳、第一子出生平均年齢は30.7歳と、どちらも約5歳高齢化しています。たかだか5歳ですが、妊孕性(妊娠する能力)には大きな影響があります。
加齢と共に上昇する生涯不妊率
加齢に伴う妊孕力の低下について、医学雑誌に報告された論文を用いて説明しましょう。図2を見てください。これは女性の結婚年齢と生涯不妊率の関係を示したグラフです。これを見ると、20-24歳で結婚すると生涯不妊率は約5%となっています。この数値は、結婚年齢が高齢化するとともに高くなり、20代後半では約9%、30代前半で約15%、30代後半で約30%、40代前半で64%と、結婚年齢が高齢化すると生涯不妊率は上昇します。しかし、逆に考えると40歳前半でも36%の方は子どもを持てることになりますが、しかし、自分が40代で子どもを持てるかどうかを前もって確信する方法は皆無であるところが問題なのです。
妊孕力は20代後半から低下する
次に図3を見てください。このグラフは、排卵期周辺にセックスしたときにどの程度の確率で妊娠したのかを、年齢別で示したグラフです。年齢が若い26歳から29歳の人では、一番良いタイミングにセックスをすると最大で約5割の方が妊娠します。27歳から34歳の人では、最高値で約4割、35歳から39歳の人では約3割となっており、20代後半から妊孕性が落ち始めることがわかります。また、グラフ内の実線は女性と男性が同年齢であるグループの確率を示し、破線は男性が女性よりも5歳以上のグループを示しています。破線が実線から離れるグラフ、すなわち、右図の破線、男性が40歳以上グループの成績ですが、男性も40歳を超えると5歳若いグループ(実線)に比較して妊孕力が低下することがわかります。
卵子は年齢と共にどんどん減少する
次に図4をみてください。図4は卵巣に存在する卵子数を推定できるホルモン(抗ミュラー管ホルモン、AMH)を、年齢別に測定した値を示したグラフです。卵子の数は胎児のときに一番多く、700万個ぐらいありますが、出生時には、200万個、月経が開始するころには20~30万個と、排卵しないにも関わらず減少しています。さらに、月経開始後も年齢と共にどんどん消失していると言われており、1排卵周期に約1000個の卵子が減っていると言われています。
ですので、AMHを測定すると、図のように年齢と共にどんどん低下しています。このグラフでもう一つ気を付けなければいけないのが、数値のばらつきが大きいことです。すなわち、この卵子の数は個人差が大きいということを意味します。若くても卵子の数がとても少なく、40歳後半の人と同じぐらいの人もいます。このような方は、早めに月経が乱れるようになったり、卵子がさらに少なくなり、月経も来なくなる可能性があります。ですので、20歳を過ぎた早めの時期に一度はAMHを測定して、ご自分の卵子の数の状態を知っておくことをお勧めします。
子宮内膜症の発生率も年齢と共に向上
次に、図5をみてください。このグラフは子宮内膜症と年齢の関係を説明しています。子宮内膜症とは、子宮外にある卵巣やその周辺に子宮内膜組織が存在し、毎月月経と同様に出血を繰り返し、卵巣内や卵巣周囲に血が溜まったり、癒着を引き起こし、妊娠しにくい状態を引き起こす病気です。
子宮内膜症が発生する原因の一つに、月経血の逆流があります。月経血は体外に排出されるだけでなく、一部が卵管を伝わってお腹の中(腹腔内)に出ます。この月経血には子宮内膜細胞が含まれており、この子宮内膜細胞が卵巣やその周囲に生着して発育すると、その場所で月経とともに出血し、癒着を引き起こします。ですので、年齢が進むと初経からの総月経回数が多くなるわけですから、左図のように、子宮内膜症になる頻度も増し、不妊になる確率も高くなります。
年齢は、妊娠後も流産や周産期死亡率に影響する
このように、年齢は妊娠する際に大きな影響を及ぼす因子ですが、妊娠後もいろいろな影響を及ぼします。ここでは、流産と周産期死亡率(分娩の時期に赤ちゃんが死亡する確率)、胎児の染色体異常についてお話ししましょう。
先ず、流産ですが、図6を見てください。これは2009年、2014年、2019年に生殖補助医療を行って妊娠した人の流産率ですが、この値はほぼ自然妊娠の場合と変わりません。20代が最も低く10%台の後半です。この値は年齢が高くなるとともに上昇して、40歳では総妊娠の約1/3が流産します。
次に図7ですが、年齢別の周産期死亡率を示しています。分娩に関して日本は世界の中でもとても安全な国であり、さらに年々、死亡率も低下しています。令和2年では分娩1000あたり、3.2となっています。しかし、この周産期死亡率も年齢で変動があり、平成19年から23年の多くの症例をまとめたデータでみると、この周産期死亡率が低いのは20代と言えます。年齢が高くなるにつれて、この値は上昇します。
年齢と染色体異常の確率について
図8は、出生児の染色体異常率を示しています。人は46本の染色体を持っていますが、この数が、1~2本多い場合や少ない場合があり、これを染色体異常と呼んでいます。この率は、出産年齢が若くても0にはなりませんが、若いほど低く、高齢になるほど上昇します。図の左側は、皆さんもよくご存じのダウン症、すなわち21番染色体が1本多く、全部で47本の染色体を持つ赤ちゃんの発生率です。母親が20歳の場合、1667人に一人の割合でダウン症の赤ちゃんが生まれています。母親が30歳でもまだそれほど高くはなく、992人に一人、ダウン症の赤ちゃんが生まれています。しかし、母親が40歳だと106人に一人、45歳だと30人に一人と、年齢が高くなるほど急速にダウン症児の出生リスクが上昇します。また、右図は21番に限らず、何らかの染色体数が異常の確率を示していますが、その率は年齢とともに急上昇します。
男性も高齢化に伴いリスクが高くなる
このように女性においては年齢とともに妊孕力が低下し、妊娠中や分娩時のリスク、また出生時のリスクが上昇することが知られていますが、男性も同様に年令とともに妊孕力が低下し、出生児のリスクが上昇します。
図9をみてください。図9は男性の年齢と相手の方が1年間に妊娠する確率の関係を示しています。図のように、男性の年齢が高齢になると相手の方の妊娠率の上昇カーブが低下してきており、40歳を超えると1年後で約63%の累積妊娠率となっています。男性の年齢が上がると相手の女性の年齢も上がる傾向はありますが、それを補正してもこの妊孕性の低下は有意な低下であるとされています。
また、表1を見てください。40歳を超えると男性の精液の所見の内で、精子の質に関わる精子頭部にある遺伝子の断片化が顕著に進みます。このため、不妊になったり、妊娠しても流産になることが多いと言われています。また、これとは別の現象ですが、精子の遺伝子のポイントミューテイションといって、遺伝子の1塩基が変異する突然変異が年齢とともに増えると言われています。精子の元の細胞では、1歳年を取ると約2つの突然変異が増えると言われていますので、20歳の方が40歳になると40個どこかの遺伝子に突然変異が起こっていることになります。このため、高齢の父親から生まれた子どもでは、自閉症、多動性障害、鬱、統合失調症などの精神疾患を持つ子が多いと言われています。このように、男性においても高齢化に伴いリスクが高くなっており、これらのことを考慮すると、男女とも、医学的な妊娠適齢期は20代であると言えます。
若い人ほど軽い治療で済む不妊治療
次に図10をみてください。この図は、私が現在勤めている、梅が丘産婦人科において2019年と2020年に不妊治療をして妊娠に至った人が、どのような治療法で妊娠したのかを検討したグラフです。私ども施設では、不妊初期検査後、妊娠が可能な最小限の治療から開始しています。そうすると、全妊娠の約三分の一がタイミング療法で妊娠しています。しかも、年齢別に分けると若い人ほどタイミング療法で妊娠する人の割合が高く、20代では実に約55%の人がタイミング療法で妊娠していました。30代前半の人でも約40%の人がタイミング療法で妊娠していることから、自分たちで努力した結果、妊娠しなくても、若いうちに不妊クリニックを受診すれば、より軽い治療法で妊娠できる可能性が高くなりますので、早めに受診されることをお勧めします。
しかし、前述したように、現在は若い時期に妊娠・出産をしている方が少なくなっています。この原因としては、妊娠適齢期を知らないこと、また出会いが少ないこと、若年雇用の不安定さ、仕事と子育ての両立の困難さ、核家族化に伴う子育て負担の増大、子育て・教育費の負担や住宅の物理的制約などがあげられます。これらの多くの項目は、社会的政策の推進に期待するところですが、現時点でも個人が努力することで、改善していくことができる妊娠に関わる知識もあるので、次は、この点について、お話ししましょう。
妊娠を遠ざける男女の生活習慣
妊孕性に関わる年齢因子は、残念ながら気が付いた時点から若返ることはできません。よって、若いうちに妊娠適齢期の知識を習得できる教育課程が必要となります。しかし、妊孕性に関わる因子には、気が付いた時点でも改善できる因子が数多くあります。これらの因子を改善することは、プレコンセプションケアの概念と一致します。プレコンセプションケアとは、妊娠前にから健康づくりをして、妊娠しやすくするばかりでなく、安全・健康な妊娠・出産につなげ、また健康な子どもの誕生にも寄与する概念です。さらに、妊娠を考えなくても本人の健康を維持し、がんや生活習慣病を予防することにも役立ちます。ケアする項目は多岐にわたりますが、主なものを表2にまとめました。ここでは、表2にあるいくつかの項目について、それらについて検討した論文のデータを基にお話ししましょう。また、気になる項目がありましたら、さらにご自分でも調べていただけると幸いです。
喫煙と飲酒の影響について
図11をみてください。この論文では、いくつかの生活習慣について、「妊娠を試みてから、妊娠に至るまでに要した時間」を指標に、検討しています。先ず、上段の2つの図についてです。女性では喫煙の回数が増えるにしたがって、妊娠するまでに要する時間が増えています。一番左の値は、コントロールで一日に0本ですが、一番右の値は一日に20本以上喫煙しているグループです。男性は明らかに増えてはいません。しかし、健康面では、種々の障害を起こすことが言われているため、なるべく避けたほうがよいでしょう。2段目は飲酒です。一番左の値は、コントロールで一週間で0単位(1単位はアルコールで20ml)ですが、一番右の値は、日に20単位以上/週となります。男性はお酒を多飲すると妊娠するまで期間が延長します。女性は男性ほど飲む量が多くないため、統計に出てこないのだと思います。しかし、妊娠中にアルコール摂取は、胎児への影響が指摘されているため、妊娠前もほどほどにされたほうがよいと思います。
コーヒーや紅茶、体重の影響について
下段左図は女性におけるコヒーや紅茶の摂取量との関係です。やはり大量に飲用すると、妊娠までに要する期間が長くなるようです。下段右図は、女性における体重と妊娠までに要する期間の関係ですが、IIが一番短い期間となっています。IIはBMIが19-24のグループで、この体重が妊娠までに要する期間が一番短いと言えます。その範囲よりも低値でも、高値でも妊娠までに要する期間は延長するようです。また、体重は妊娠後の胎児への影響もあると言われています。母親のBMIが低値だと、いろいろな影響がありますが、特に生まれる児は低出生体重児になりやすく、低出生体重児は将来成人病を発症しやすいと言われています。また、母親のBMIが高値の場合でもいろいろな疾患を起こしやすく、図12に示すように、胎児・新生児死亡率も高まるようです。
これらの生活習慣は、妊孕性に関わるだけではなく一般の健康面の維持に関しても影響しますので、みなさんも聞いたことがあることと思います。プレコンセプションケアの項目はとても多岐にわたります。そのため、ここですべてについてお話しするスペースはないので、陰嚢表面温度と禁欲期間の2つを取り上げたいと思います。
精子の形成に大きく影響する陰嚢温度
この精嚢の温度に関しては、健康な人においても生活習慣が大きく影響していると報告している研究があるのでお話ししたいと思います。図13は、1日の生活状態と計測された陰嚢表面温度との関係を示しています。このように、1日のうちでも、活動状態によってかなり変動しています。温度が比較的高めなのは、睡眠中、朝食、運転、座って仕事、ソファーに座っているときです。また、温度が低めなのは、歩行、休憩、家事をしているときです。このように立って動いているときは低めで、座っている状態では高めになっているようです。充分な睡眠をとることは健康にとても大切なので、睡眠中に陰嚢表面温度が高くなっても、これは致し方ないと思います。
大切なのは起床してからの生活様式で、なるべく陰嚢温度を下げることができる生活様式に変えることが必要です。例えば、運転と歩行に関しては、運転する代わりに歩ける場面ではなるべく歩くようにするというのもひとつの方法だと思います。また仕事においては、仕事の途中に休憩を入れ、立って軽い運動を数分間行うこともよいかもしれません。また、肥満の方は健康な一般の方に比べると、ほぼすべての生活活動で温度が高く、また、運動などの活動による温度変化は一般の健康な人に比較し少な目でした。このことから、陰嚢表面温度の点からも、肥満の方は、男性不妊になりやすい傾向があると言えます。
また、生活習慣として、男性の皆さんの中でパソコンを膝の上において仕事をしている人はいませんか?実はパソコンを膝の上において仕事した時の仕事時間と陰嚢表面温度の関係性を調べた研究があります。図14のように、座り始めて30分ぐらいはパソコンを膝の上において仕事をしても、しなくても、陰嚢表面温度は徐々に上がってきます。しかし、30分以降はパソコンを膝の上に置かずに仕事をしない人では温度はほぼ一定になりますが、パソコンを膝の上に置いて仕事をする人は、陰嚢表面温度は上昇し続けます。よって、習慣として膝の上でPCを用いて長時間仕事をする癖のある人は、もしかすると陰嚢表面温度が上昇し精液所見に影響を与えているかもしれません。
サウナはどうでしょうか?リラックスするので、かなり利用されている方も多いと思います。全身の体温も上昇するとともに陰嚢表面温度も上昇します。サウナが造精機能に及ぼす影響について研究した論文があるのでご紹介します。 この研究では、健康な10人の男性にフィンランド式サウナ( 80から90℃、湿度20から30%のサウナに15分間、 週に2回 3ヶ月間)に入ってもらい、 サウナ開始前と、3か月間サウナに入った後の精液所見と精子の遺伝子やミトコンドリアの変化について調べています。 サウナ後は、サウナ3か月終了直後、終了から3か月後、6か月後の3回の精子の状態を検査しています。
図15を見てください。 サウナ開始前と比較すると、3か月間サウナに入った直後の精子濃度と総精子数は有意に低下しています。また、サウナ終了後から3ヶ月経った時点では、精子濃度、総精子数は回復傾向を示し、サウナ終了6か月後では、ほぼサウナ前の状態に回復しています。また、この研究では精子の数ばかりでなく、精子の質についても検討しています。サウナ前に比較しサウナ直後では、精子の質にかかわる因子である精子染色質の凝縮やミトコンドリアの機能も影響を受けていることが証明されており、サウナ終了後3か月、6か月後には回復していました。これらの結果からすると、サウナを利用していても妊活して妊娠している人は多くいると思います。しかし、もし妊活中なのになかなか妊娠できない場合は、一時的にサウナの習慣を中止したり、または長風呂の習慣を中止してみると良いかもしれません。
次に、下着と陰嚢表面温度について検討した研究についてお話しします。図16を見てください。この研究では、ゆるい下着と、きつい下着を付けた時と、下着を付けない状態の3つのケースで、歩行した時と座っているときの陰嚢表面温度について測定しています。座っているときは、ゆるい下着、きつい下着、下着を付けない、の3つの状態とも、時間が経つにつれて陰嚢表面温度は上昇し、30分ぐらい経過すると温度はほぼ同じ温度になり、そして一定になります。座った状態を開始した時点では、下着を付けた状態に比較し、付けない状態は0.5℃ぐらい低値です。また、きつい下着とゆるい下着の比較では、ゆるい下着は全経過中ほんの少し低温でした。
立って歩行中の場合は、座っているときに比較し、3条件とも低温値を示し、低い方から、下着を付けない、ゆるい下着、きつい下着の順番でした。このことからも、長く座っていることをなるべく避け、歩く動作を入れることと、きつい下着よりもゆるい下着を選択することが考慮されるべきと思われます。
また、ゆるい下着ときつい下着を使用した際の精子濃度、総精子数、総運動精子数を比較研究した報告もあります。その研究では、ゆるい下着を付けたほうが精子濃度は高く、総精子数、総運動精子数も多いと報告しています。これらのことにより、妊活してもなかなか妊娠に至らない方は、下着はゆるい下着を付け、陰嚢表面温度を下げ、精子の所見をよりよくすることも一つの方法と思われます。
生活習慣として長年行ってきたことが、造精機能に影響する可能性もあることを注意していただきたいと思います。しかし、このような習慣をしている人すべてが不妊となっているわけではありません。妊活してもなかなか妊娠にたどり着けない夫婦の場合には、これらの生活習慣にも考慮されるとよいと思います。あまり敏感になって、あれもしない、これもしないだと、かえってストレスでよくないこともあります。適度に心配されて、ご自分の妊活に生かしてください。
精子は貯めた方がいい?最適な禁欲期間について
最後が、禁欲期間についてです。不妊治療をされている皆さんの中には、タイミングや人工授精、体外受精の際に、その日のために「精子を貯めています。」と言われる方が多くいます。本当に、これは正しいのでしょうか?日本人は性交回数が非常に少ない国民です。禁欲期間が長いと、精液所見に及ぼす可能性がありますので、この影響について研究した論文をご紹介しましょう。
この研究では、7人の正常精液所見の男性7人に禁欲期間として、1,2,5,7,9日間で精液を採取してもらい、精液の状態を検査しました。検査項目としては、精液量、精子濃度、総精子数、運動精子率、生存精子率、精子DNA断片化率などを検査しています(図17)。図Aは、禁欲期間と精液量の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると精液量も増加しています。図Bは、禁欲期間と精子濃度の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると精子濃度も上昇しています。図Cは、禁欲期間と総精子数の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると総精子数も増加しています。図Dは、禁欲期間と精子の運動率の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると精子運動率は低下します。図Eは、禁欲期間と精子の生存率の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると生存精子率は低下します。図Fは、禁欲期間と精子のDNA断片化率の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると精子のDNA断片化率は上昇します。
これらの結果からすると、禁欲期間が長くなると確かに精液量は増え、精子濃度や総精子数も上昇しますが、精子の運動率や生存率が低下し、DNA断片化率が上昇することより、長期の禁欲期間は精子の質を低下させると考えられます。妊娠は究極的には、正常精子1個が卵子1個と受精すればよいのですから、精子の質は妊娠するために重要な因子となります。
次に、禁欲日数と妊娠率を検討した研究についてお話ししましょう。妊娠を希望して不妊センターを受診し、人工授精を行った372カップル、866治療月経周期を後方視的に検討しています。人工授精を受ける周期には自然のタイミングは取らないで、禁欲日数と妊娠率の関係について検討しています。図18を見てください。禁欲日数が増えるにつれて、調整前の精子数、調整後の精子数は増える傾向にありますが、妊娠率は、禁欲日数が少ない方が高い傾向を示しました。
これらのことより、禁欲日数が少ないと精子数は減るものの、精子の質が高まり、その結果、妊娠率も高くなったものと推測できます。日本人は、一般的に妊活中でも性交回数が少ないと言われておりますので、不妊治療でタイミングを図り、排卵日のみにタイミングを取っている方が多いと思われます。しかし、タイミング法を取るときでも、事前に何回か性交の機会を持つか、またはマスターベーションにより、精子をフレッシュにしておくことは、妊娠の可能性に寄与するものと思われます。
夫婦が共働きで忙しいとすれ違が多く、また二人があったとしても疲れていて性交の機会が得にくいものです。しかし、妊活中であれば、不妊クリニックでのタイミング療法や人工授精、体外受精にのみ頼るのではなく、自分たちにできる工夫をして、積極的に自らの精子の質を高めるように、心がけることも大切になります。
長くお話しをしてきましたが、不妊治療が保険になると聞いて安心し、妊娠の時期を遅らせることがどのような影響があるのかを、お話ししてきました。私のクリニックにも多くの患者さんが来てくださっておりますが、ほとんどの方が仕事との掛け持ちで、時間に追われておられる方がほとんどです。不妊治療は、時間的にみても仕事に影響を及ぼすので、仕事のキャリアを積むことを考えている方は、是非不妊治療に頼らずに妊娠できる確率が高い時期に妊娠を計画できるように、早めから計画を立ててください。また、高齢になっても、今の生活習慣を改善することにより、不妊の原因を軽減することができ、妊娠分娩また胎児や新生児もより安全になることがあります。是非いろいろな知識を得て、より快適な妊娠出産、子育てができることを祈っています。
(著者)
齊藤英和
公益財団法人1more Baby応援団 理事
梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長
昭和大学医学部客員教授
近畿大学先端技術総合研究所客員教授
国立成育医療研究センター 臨床研究員
浅田レディースクリニック 顧問
ウイメンズリテラシー協会 理事
専門は生殖医学、不妊治療。日本産婦人科学会・倫理委員会・登録調査小委員会委員長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。
(著書)
「妊活バイブル」(共著・講談社)
「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)