卵子凍結保存については、皆さんもお聞きになったことがあるかもしれません。読者の皆さんの中には、実際に検討されている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今回の記事では、卵子凍結保存のメリットとデメリットについてお話しをしたいと思います。

卵子凍結保存の2つの目的

卵子凍結保存の目的は2つあります。一つは医学的目的の卵子凍結保存です。
この方法では、癌治療の前に、すなわち抗がん剤が卵子にダメージを与え、妊孕性を低下させる前に卵子を体外に取り出し、冷凍保存することによって妊孕性を温存します。
癌が完治して癌治療が終了した後、妊娠したいと考えた時に、凍結しておいた卵子を融解して顕微授精を施行し、胚(受精卵)を作成して胚移植することにより妊娠することが目的です。

もう一つは、社会的適応卵子凍結です。
外国ではelective cryopreservationとかnon- medical cryopreservation といわれ、まだ、パートナーがいないとか、パートナーがいても今すぐ妊娠することを考えていない方が、一時的に卵子を保存して、妊娠しようとする時期に使用できるようにすることを目的に卵子を凍結保存する方法です。

卵子凍結保存の前に考えておくべき問題

抗がん剤の癌治療には、卵子の障害を起こす薬剤が多くあります。
そのぐらいきつい抗がん剤療法をしないと効果が出ないこともあるので、抗がん剤による癌治療の前には是非、卵子凍結保存法を用いて妊孕性温存を図ってほしいと考えています。

しかし、社会的適応卵子凍結の場合は、いろいろ考えなければいけない問題があります。
もちろんメリットは、若いときに卵子を凍結保存しておくことにより、加齢に伴う卵子の老化を防ぎ、将来この凍結保存卵子を使用して妊娠する可能性を持つことです。

このことにより、妊娠・出産・育児のために、教育を受ける機会やキャリアを積むこと中断せずに済みます。
また高齢になって育児を始めるのに適した時期を選ぶことができます。また、パートナーを探すのにも時間的ゆとりが持てます。

デメリットとしては、

① 健康な女性に排卵誘発・採卵を行うため、これに伴う合併症の生じる可能性がある。
② 卵子を凍結保存しておけば、将来必ず妊娠が成立するという確実性はない。
③ 高齢で妊娠するとハイリスク妊娠(妊娠中にいろいろなトラブルが発生しやすい妊娠)の可能性がある。
④ 卵子凍結により出生した子どもの遺伝的変異(エピジェネティック変異)などのリスクが不明である。
⑤ 高齢での出産育児には大変さがある。
⑥ 子育て終了が高齢化し、自分の老後の準備が不十分となる可能性がある。
⑦ 卵子凍結にかなり費用がかかる。

などがあげられます。

何個の卵子を凍結保存しておくべきか?

実際何個卵子を凍結保存しておけば、子どもを持てるのでしょうか?
これを推計した論文があります(Goldman RH, et al. Hum Reprod 32; 853-859, 2017)。たくさん保存しておけば、将来子どもを持つ確率は高まりますが、たくさん保存するとそれだけ費用がかかることになります。

この論文では、凍結保存した成熟卵子数と少なくとも一人子どもが生まれる確率について、女性の年齢別に推計しています。
このグラフ(図1)を見ると、凍結卵子の数が増えるにつれて、最低でも一人の子どもを持つ確率が上昇して行くのがわかります。

また、この方法を利用する方の年齢が高くなるにつれて子どもを持つ確率が下がるのもわかります。ご自分の年齢で考えてみてください。

たとえば35歳以下の方では、卵子20個を凍結保存すると、約90%の確率で最低でも一人の子どもを持つことができます。
もし100%の確率で子どもを希望する場合は、保存卵子50個ぐらいが必要となります。
実際には、全身・子宮の問題や精子の問題で妊娠できないこともあるので、妊娠できる確率が100%というのはなかなか難しいと思います。

年齢が40歳の方だと、子どもを持てる確率90%を期待するためには約65個の卵子の凍結保存が必要となります。100%の確率を期待するには100個の卵子を凍結保存しても得られないことになります。

これらの数値は、日本産科婦人科学会がまとめた全国の体外受精データから私が推計した数値とかなり似ている数値なので、信頼性が高い推計結果だと考えています。

卵子凍結保存の経済的な負担について

35歳以下でこの卵子凍結を行い、90%の確率で少なくなくとも一人の子どもを持ちたいと考えたときの経済的負担はいくらぐらいになるのでしょうか?

成熟卵子20個を採卵するとしたら、少なくとも2~3回の採卵手術で採卵できるのではないでしょうか。
若くても卵子の数が少ないと思われる人{抗ミュラー官ホルモン(AMH)が低値の人}は、一回の採卵手術で採卵される卵子数が少ないと予想されるので、3~4回の採卵手術が必要になるかもしれません。

3回の採卵手術が必要だとして、20個の卵子を凍結すると、最低100万円ぐらいかかることになります。
また毎年、凍結した卵子を管理しておくための凍結管理料も生じます。
この管理料は、施設によりいろいろな設定があり、年単位、月単位、また、価格もいろいろです。
一応安めで推計すると、1個1年間1万円だとすると、年間20万円ぐらいが卵子凍結の管理料になります。

さらに、いざ、この凍結保存卵子を用いて妊娠しようとしたら、自然妊娠とはいかずに顕微授精が必要となります。
顕微授精一回の費用としては40万円ぐらいかかると思います。

これらを合計すると、5年間凍結保存し、その後、妊娠を試みるとした場合、240万円ぐらいの経費がかかることになります。
この額も、低く見積もった額ですので、これよりも高いことも十分あると思ってください。
ですので、5年間の間は、年1~2回の海外旅行を控えれば、卵子凍結保存に回せる費用が捻出できるのではと思います。

それでも、この方法のデメリットでも述べたように、卵子の老化は凍結保存により、先送りできますが、本人の加齢は進みます。
いろいろなデメリットもあるので、十分考慮したうえで、この方法を選択していただければ幸いです。