先回は生殖医療に関して私が期待している薬についてお話しました。実はもう一つ、期待しているものがあります。今回はそれについてお話したいと思います。

受精の瞬間から胚盤胞までの発育を撮影する「タイムラプス動画」

それは我々生殖専門医の間ではタイムラプスと呼んでいる器械です。
皆さんはタイムラプスという言葉をご存知でしょうか?

タイムラプスとは、その名前の通り時間が経過する様子を早回しで見ることで、そのようなことができる動画を「タイムラプス動画」といいます。
この器械で、卵子、受精卵の発育を受精の瞬間から胚盤胞までの発育を撮影し観察することができます。
すなわち、卵子・胚の培養器に顕微鏡とタイムラプスの器械を持ち込んで胚の発育を継続撮影できるのです。このタイムラプスによって卵子の受精から発育の画像情報を無限に得ることができます。

現在と将来の胚の選択方法について

この画像情報をAIによって解析させることにより、胚の発育や形態を評価し、胚移植した後に妊娠し、健康な生児を得ることができる胚を選択移植することができるようになると考えています。

これには、ディープラーニングといって、妊娠し、健康な生児を得ることができた数多くの症例の胚画像情報を学習させることが大切です。
症例数が多ければ多いほど、より正確な評価ができると考えられています。このディープラーニング法は医療ばかりでなく、その他多くの分野で利用され、素晴らしい成果が出てきているのはご存知のことと思います。

この生殖医療における健康な胚の選択にも、十分応用可能な方法であり、数年以内に実用化すると期待しています。
私はこの方法が完成すると、体外受精の治療で着床するための子宮側の原因を除けば、90%以上の確率で生児を獲得できるのではないかと期待しています。

しかし、現在は、健康な生児を得ることができる胚を選択移植することに関しては、別の方法が主流です。
その方法とは、胚盤胞の一部の細胞を採取してその遺伝子を解析し、健康な胚盤胞を移植しようとするPGT-Aという技術で、日本ではこの方法が現在臨床研究されています。

このPGT-Aという方法で習慣流産や体外受精でなかなか妊娠しない患者の胚を診断して、よい胚だけを胚移植することによって妊娠出産率を向上させることができると考えられます。
しかし、この方法は、胚盤胞を構成する100以上の細胞の一部の細胞を器械的に採取するため、胚盤胞にとっては少し侵襲的な方法です。

この方法は胚が胚盤胞にまで発育してから、一部の細胞を採取するステップ、その採取された細胞の遺伝子を解析するステップが必要ですので、培養だけでなく、さらなる作業と時間を必要とします。
このことから、このPGT-Aによる胚の評価法は、AIによるディープラーニングしたタイプラプス法による胚の評価が確実なものになれば、タイムラプス法が簡便であり、かつ、低侵襲性であることから、こちらの方がより広く利用されるのではないかと期待されます。

もちろん、現在この方法はまだ開発中の方法であり、AIによるディープラーニングがどの程度深く胚の状態を学習できるかによってその診断の精度も決まるので、今のところは、将来、期待できる胚の評価法としてみなさんにご紹介しておきたいと思います。

AIによる胚の選択移植に期待する2つの理由

しかし、なぜ私がこの方法にかなり期待をしているのかという理由2つについてお話しておきたいと思います。
まず1つは、私たち生殖専門医は、体外受精の黎明期より、移植胚の選択には、胚の形態評価を用いてきました。
精子と卵子を合わせて、受精し、何時間後に分割し、2細胞、4細胞、8細胞、胚盤胞と発育していく過程を観察してきました。

その分割に至るまでの時間や、分割した胚が均等に分割したか、不均等に分割したか、また、分割の際に、小さな細胞断片(フラグメンテーションといいます。)がどの程度生じた分割胚なのかなど、胚の形態を観察し胚移植に適した胚を選択してきました。

ですので、アナログ的な方法ですが、この形態的評価法を用いた良好胚を選択する方法には40年近い経験があります。
このアナログ的方法でも、よい胚と評価したほうの胚の方が、評価が低い胚よりも妊娠率は高くなります。
ですから近年の技術革新により、タイムラプスや、AI、ディープラーニングなどの技術を利用すると、人の目と脳だけで評価していた技術の何十倍もの精度で胚を評価することができることから、100%に近いぐらいの確率で良好胚を選択できるのではないかと期待しています。

もう一つの理由は、我々が日本産科婦人科学会に登録された体外受精に成績を解析した時の結果(Yamatoya K,et al. Reprod Med Biol. 2017 16(2):228-234. )
から、タイムラプスの有用性があると確信しています。

その結果とは凍結融解胚移植の治療で出生した児のダウン症の発症率は、新鮮胚移植(採卵受精し発育した胚を凍結保存せずにその採卵治療周期に胚移植する方法)し出生した児における発症率よりも低いという結果です。
この理由は、凍結融解操作が染色体異常胚を正常胚に治療したわけではありません。凍結融解胚移植の治療では、胚を凍結する際に、形態学的に、凍結融解後に妊娠する確率が高いと思われる胚、すなわち形態がよい胚を選んでいます。
その操作で、ダウン症の発症率が低下したものと推定されます。

もし、この推定が正解であれば、今までのアナログ的評価ではなくタイムラプスを用いて胚の形態情報を評価したら、格段の確率で健康な胚を選択できるであろうと考えられるからです。

いつか子どもが欲しい人へ

近い将来、不妊になり、体外受精の治療を受けるようになっても、とても高い確率で妊娠できるようになるかもしれません。
これを聞くと皆さんは少し安心と感じられると思いますが、タイムラプス装置は正常胚の選択をより正確にできる装置ですので、もとの精子や卵子、受精卵が正常でなければ選ばれません。

年齢が高齢になるほど正常胚の確率が減るので、タイムラプスで診断すると移植できる胚がないということも出てきます。
また、できれば妊娠は不妊治療ではなく、自然に妊娠したほうが、本人にとっては身体的にも、精神的にも、そして経済的にも負担が少ないので、いろいろな新しい不妊治療の技術が開発されたという情報に惑わされることなく、ご自分のライフプランにも十分配慮していただけたら幸いです。