今回は、私が生殖医療に携わってきて、現在最も期待する薬についてお話ししましょう。ちょっと難しい語彙も出てきますが、きっと皆さんも、期待を持って聞いてくださると思っています。

簡単に使用できるホルモン作用を抑制する薬

2019年3月に発売された、GnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アンタゴニストと呼ばれるグループに属する薬です。
GnRHとは脳の下垂体というところある細胞を刺激し卵胞刺激ホルモン(FSH)や黄体化ホルモン(LH)を分泌させるホルモンです。
アンタゴニストというのは、ホルモンの作用を抑制する作用を持つ物質を意味します。
ですのでGnRHアンタゴニストはGnRHの作用を抑制する働きがある物質であることになります。
以前からもこの薬に類似のお薬は発売されていたのですが、以前のものは注射剤でしたので、なかなか簡単に使うわけには行かなったのですが、今回の薬の特徴は、毎日服用するので簡単に使用できるところにあります。

また、この薬の作用は下垂体でGnRHの働きを抑えることで、FSHおよびLHの分泌を阻害するので、FSHおよびLHが有している卵巣での卵胞の発育や排卵を抑えることになり、さらに卵胞や黄体から分泌される、エストラジオールやプロゲステロンなどの分泌が抑えられ、血中の性ホルモン濃度が低下します。

月経移動や不妊治療など多くの有用性も

これらの機序を考慮すると、いろいろな目的で使用できる可能性があります。以前発売された GnRHアンタゴニスト製剤は、体外受精の時に、採卵前に卵子が排卵しないように使うことが主な目的でした。
今回のこの飲み薬は子宮筋腫による過多月経、下腹痛、腰痛、貧血などを改善するお薬として発売されました。
しかし、この物質の作用機序を考えると、それ以外でも、有用性のある使用方法が考えられます。

多くの不妊治療専門医が考えられているように、私の友人でもある沖縄県空の森クリニックの中島章先生、佐久本哲郎先生、徳永義光先生らも、臨床研究としてこの薬の利用法を研究されています。
たとえば、体外受精の際には、多数の卵子を取るために、卵巣が過剰に腫れ、卵巣過剰刺激症候群が生じやすいですが、この卵巣過剰刺激症候群の治療への応用や、結婚式や新婚旅行の日程に月経が重ならないようにするためや、アスリートが競技日程と月経が重ならないようにするため、その他大事なイベントの際に月経時期とイベントの時期が重ならないように利用するなどいろいろな利用法が考えられます。

この薬を数日間服用すると下垂体からのFSHやLH分泌が減少するために、卵巣での卵胞が発育しなくなり、また途中まで発育していた卵胞も委縮します。
このことにより卵胞発育が再度、月経初期の状態にもどります。
この作用の結果、月経移動ができます。もちろん、長く使用を続ければ、そのまま無月経の期間を継続できることになります。
以前は、また現在も月経移動には、ピルがよく用いられています。
このピルでも月経移動ができるのですが、ピルを服用すると、気分が悪くなる方もいて、服用するとかえって、結婚式やハネムーン、競技の際の障害になることもあります。
また、ピルには気分が悪くなるだけでなく、血栓症の可能性もあるので、使用する際は気を付けなければならないこともあります。

体外受精の治療がより安全に

体外受精の際の卵巣過剰刺激症候群においても、この薬にエストラジオール産生を抑制するアロマターゼインヒビターという薬剤を併用することで、卵巣の腫れや腹水なども早期に軽減され、これらの薬を数日服用しているあいだに月経が再開するぐらいの効果があるようです。この効果により、体外受精の治療がより安全になることが期待されます。

緊急避妊ピルよりも高い確率で避妊効果が得られる可能性も

さらにもう一つ、期待される使用法があり、これも臨床研究の対象です。
それは緊急避妊ピルの代用の可能性があることです。緊急避妊ピルは、避妊方法がうまくいかず、妊娠する可能性が出てきたときに、急遽ピルを服用する方法です。この方法の日本での成功率は約81%と言われ、外国でも約85%であり、決して100%ではありません。

しかし、この薬を使用することにより、緊急避妊ピルよりも高い確率で避妊効果が得られる可能性があると考えています。
排卵を促すLHサージ前に服用すると、LHの放出を抑えることができ、数日間薬を服用することにより、排卵が抑えられるとともに、この服用期間中に精子が子宮や卵管からいなくなります。
また、LHやFSHが抑えられるため、卵胞は萎縮し閉鎖卵胞(排卵できない卵胞)になり、かつ途中まで発育した子宮内膜は剥がれ性器出血が開始します。
また、LHサージ後であっても、排卵後に形成された黄体はLHやFSHが抑えられるために早期に萎縮し黄体からのホルモン分泌も低下することにより、途中まで発育した子宮内膜は剥がれ性器出血が開始し、着床できる子宮環境ではなくなることが想定されます。

このように、この薬は様々な有益な使用法が今後検討されていくことになると思います。これらの臨床研究により、患者さんの希望に寄り添った、より安全な治療を提供できるようになると考えています。