2006年に父親支援のNPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)を立ち上げ、「父親であることを楽しもう!」をモットーに、父親の育児参画、男性の働き方やライフスタイル変革の必要性を呼びかけてきました。
2010年に「イクメン」という言葉が広がって、育児に積極的な男性・父親が増えました。最初はファッションとしての育児だったイクメン達の意識や行動もここ数年で変化。イクメンになることが目的ではなく、男性が「仕事も育児も楽しむ生き方を」を身につけ、父親になったことをきっかけに豊かな人生を送ること。そしてその変化が子育てや職場にも好影響が出てくることが分かってきました。
FJの最終目的は、「イクメン」という言葉をなくすことです。男性の育児が当たり前になる。それこそが子どもが生まれ育ちやすい社会の創出に繋がる。「笑っている父親が社会を変える」と考えています。
最初から育児ができたわけではなかった~パパスイッチが入るまで
そういう私は二男一女の父親です。今から21年前、私が35歳の時に長女が産まれました。私たち夫婦は子どもが生まれた後も共働きでいくと決めていたし、近所に実家もなかったので、パパになった自分も「子育てをしなければ」という想いが強くありました。
しかし、私自身は昭和世代のど真ん中です。働く父親と専業主婦の母親でした。そんな時代の家庭で育ったので、父親にご飯を作って食べさせてもらう、あるいは絵本を読んでもらうといった“日常的な子育て”をしてもらったことはほとんどありませんでした。
子どもが生まれた頃、私はサラリーマンとして働いていたのですが、会社の先輩が積極的に子育てをやっていると話も聞いていません。なので、いざ自分が子育てに関わろうと思っても、何をどうしていいのかサッパリわかりませんでした。
いまFJの活動の中で、新米パパたちに話しを聞いてみると、やはり多くの方が実家の父親がモデルで、古い父親としての役割分担に囚われてしまっている人が多いようです。そういうパパに限って、3歳くらいまでは、「何をしていいのかわからない」だとか、「パパには子育てにおいて出番がない」と思ってしまっているのです。
なぜそうなるのかという、と小さい頃に自分が父親にしてもらったことなんて、ほとんど覚えていない。キャッチボールを一緒にしたとか、自転車の練習で後ろから押してもらったとか、釣りに行った、あるいは、花火大会に連れ行ってもらったとか……。それ全部、3歳以降のイベントなのです。
私もそうだったのですが、自分が父親にしてもらったことだけをやれば、「父親としての責任」を果たしているとなってしまうわけです。なので、乳児期はママに任せておいて、自分は仕事して稼いでいればよいというマインドになってしまうことが、初期段階で育児になかなか積極的・協力的になれないパパの典型的なパターンなのです。
でも、自分が幼い頃と今とでは時代環境が違います。自分もそうでしたが、あの頃は、専業主婦の母親が圧倒的に多く、祖父母が同居・近居している家も多くありました。しかし、時代が変わって、これだけ共働きの核家族家庭が増えてしまった。だから、自分の父親モデルを変えて時代に適応していくために、もっと父親になる前や後で、「新しい父親」への学びの機会を持つようにしないといけないのだろうと思います。
私も最初の子で妻が産休・育休明けで職場に復帰後、とりあえず朝の保育園の送りだけはやっていたのですが、それだけだと、どこか“お手伝い”みたいな感覚でしかない。当たり前のことですが、「目の前のやらなきゃいけないことを当たり前にやること」が大事なんだと、当時の妻を見ていて思うようになり、私の中で最初の「パパスイッチ」が入ったのでした。
それ以降、悪戦苦闘しながらもなんとか妻と二人で全般的に育児・家事を回して行けるようになりましたが、ここに来るまで約2年かかりました。妻からも、まあ一応「戦力」として認められるようになった頃、二人目の妊娠が分かったのです。
ママの幸福感が子どもへのプラスに~間接育児の大切さ
10年前とは少し様子が変わってきてはいますが、日本の場合、まだまだ男女の役割に関しては、分業感が強いと思います。育児は女性がメインでやるものだという意識が、男性だけではなく、女性側にも根強くある感じがします。
その象徴的な例が、「里帰り出産」です。
里帰り出産って先進国では確か日本にしかない風習。多くの先進国、欧米社会では核家族向けの育児状況に合わせ、出産時には夫が会社を休んだり早退してサポートし、ベビーシッターやボランティアなども利用して乗り切ります。日本では職場の長時間労働が慢性化していたり、男性の育児休業取得が進んでいなかったりで、夫の協力度が低いのでアテにできず、日本では仕方なく女性が実家に里帰りしてしまう傾向が続いています。
日本でもひと昔前まで子育ては、ひとつの共同体のなかで子どもを産み、みんなで育ててきました。その後、産業が変化して、多くの人が都市部に集まるようになって核家族が増え、子育て環境が変化しました。企業勤めの多くの夫は慢性的長時間労働で産後だからといって早く帰れるわけではない。そういう環境で妻が妊娠すると「初産はやっぱり心配だから」と、自分の母親がいる実家に里帰り出産したり、実家の母に上京してもらい産前産後の世話をしてもらうことになる。
そうなると、パパは育児から引き離されてしまい、「自分の出番はまだない」と思ってしまう。そして一家の大黒柱になった男性は、「仕事を頑張って稼がないといけない」と考えて、また残業してしまうのです。だから、里帰り出産中というのは、パパの子育てへ意識やスキルが上がっていかないし、いつまで経っても“パパスイッチ”が入らないのです。
実は私も、20年前、妻の初産の時に里帰り出産をやってしまいました。あの時は知識もなかったし何も考えてなかったのです。しかし、里帰り出産をやってみると、パパからすると、家族から分離されている感じで何とも物悲しいものでした。
安易に里帰り出産を選択してしまったことを後悔しました。もっと父親になった喜びを噛みしめながら、大変だけれど毎日、わが子と接して育児を楽しみたいと思っているのに、今、ここにわが子はいない。「コレって何なんだ?」と大きな疑問符が頭のなかに浮かびました。だから妻と話し合って2人目の出産は自宅に近い病院で。上の子も世話もあったので、なるべく産前産後も二人で乗り切りました。
産後すぐというのは、ママは出産という大仕事の直後だから、とにかく身体を休めないといけません。育児も家事もすべて1人でやるというのは無理です。そんな時期にパパが料理を作ったり、洗濯をしたり、赤ちゃんのケアを少しでもして、とにかく二人で産後期を過ごす。
最初はうまくできなくたっていい。上手でなくても家族のために一生懸命に頑張るパパの姿を見ることで、多くのママは「この人と結婚して良かった」と思うのはないでしょうか。
それに、パパだってやれば育児の大変さがわかる。「こんなこと一人でやるなんて無理だと思った」。短期間でも育休を取ったパパたちは口を揃えてそう言います。手伝いではなく「手を取り合ってやっていく」。大変な最初の子育てを試行錯誤しながらもママと一緒にすることで徐々にパパらしいものになっていくのです。そういうふうに産後は、夫婦の強い絆が生まれやすい時期なのです。それができるとそれ以降の育児はもっとラクになるし、ママは子育てが、パパも家庭生活が楽しくなっていくのです。
この「ママの幸福感」こそが大事です。赤ちゃんの世話は大変なのだけれど、ママが安心して子どもを慈しみ笑顔で向き合えるようになる。それが子どもの発達にとっては何よりのことなのです。つまり、パパがママを話を聴くことで「間接育児」になっているのです。「仕事が忙しくて子どもに関われない」と嘆いているパパでもこれなら出来るのではないでしょうか。
しかし、そうは言っても私も上の子ふたりが小さいとき、仕事をしながら育児・家事をしていくことは大変でした。わが家の子どもたちは0歳から公立保育園に通います。熱が出るとどちらかが会社を休んで看護しなければなりません。私も何度か休みを取りました。ワークライフバランスなんて概念がまだなかった時代でしたらから、会社で気まずい立場の立たされたこともあります。
でも、何とかそんな時期を乗り越え、子どもたちは地元の公立小学校に上がりました。子育ては少しずつラクになってきます。しかし今度は「小1の壁」や「PTAの負荷」などがあり、それを妻だけでこなすのは無理だし、興味もあったので、小学校のPTA会長を務めたり、絵本の読み聞かせなどで地域活動もこなしてきました。
いま、FJで多くのパパたちから様々な悩みを聞いているのですが、私もご多分に漏れず、新米パパだった頃には、正直、育児で疲れてしまったり、仕事とのバランスが取れない時期もありました。そんな時に、根性論的な感覚で何とか乗り切ろうとすると、さらに余計なトラブル発生したりして難儀でした。
そんな時に感じたのが、働くことや育てることが「大変だ」ばかりでは笑顔の父親になれない。私たち親が苦しそうに育児や仕事をしていたら子どもたちにもそれが伝わってしまうのではないか。「パパである自分自身が、もっと育児も仕事も含め人生を楽しまなきゃ!」ということでした。それは決して僕だけの問題ではなく、これからの子育てをするすべてのパパたちにとって共通のテーマになってくるだろう。
そう思ったので、「ファザーリング・ジャパン(FJ)」というNPO法人を立ち上げ、笑っているパパを増やし、社会を変えることを仕事にしようと決めたのです。そんなとき、妻の第3子の妊娠が分かったのです。
“幸せのものさし”が大きく変わってきた
「普通、こういうとき父親というものは会社を辞めたりしないものよ」
大企業を辞めてNPOを本格的に始めようとしている私に、妊娠3か月の身重の妻はこう言いました。
「仕事も育児も地域活動も楽しむ、笑っている父親が増えれば、ママの負担は和らぎ、子どもにとってもいいんだ。家族が笑顔になる。それに父親育児の推進は、地域の助け合いや職場の働き方、女性のキャリア形成にも効果があるに違いない。そして子どもが生まれ育てやすい社会に変わっていくんだよ」。そんな理由を述べて妻を3日3晩、説得した。
「じゃあやってみて。あなたならきっとうまくできる」。妻はそう言ってくれた。
こうして立ち上がった父親支援のNPOですが、日本でFJより前に父親を支援する組織としては、80年代頃に僕らよりひと回り上くらいの世代で父親の育児参画を推進する団体があったそう。ですが、時期尚早や経済環境などで今ほど社会化しなかったようです。
ところが、私たちがFJを始めた10年ほど前というのは、バブル崩壊後の長引く不況や、さらにリーマンショックもありました。そして、あの東日本大震災……。ロスト感というか、喪失感がとても強い時期でもあり、男性の価値観も変わってきた。多くの日本人の“幸せのものさし”が大きく変化してきた頃だと思うのです。
経済成長だとか、所得を伸ばすだとか、職位を上げるとか物質的な豊かさ……。そういったことが今までの“幸せのモデル”だったけれども、「なんか違うんじゃないか?」と、多くの人がだんだん気づき始めたのではないでしょうか。
そしてパパには、振り向いてみたら家族がいた。多くの人にとって、「家族が一番」なはずなのに、「大事にしてなかったよな、オレたち……」みたいな。そんな気づきから、マインドチェンジし始めた男性が多くなってきたと思います。そんな子育て世代の男性たちが、FJに集まるようになって、全国へと拡がっていくことになりました。
男性の育児参画は、ボウリングの1番ピン
子育てに積極的な父親がますます増えれば、日本の子育て家庭は大きく変わるでしょう。そのためには、男性を含め社会全体で男女の役割分担意識やもっと働き方を変えること。育児のあり方を見直し、女性も男性も仕事と家庭の両立が適う社会にしなければなりません。
男性が職場で育休を普通に取れたり、育児を楽しむことができる環境が強化されると、父親の意識や行動が変わり、社会が変わっていきます。時系列で申し上げた通り、わが家でも私のパパスイッチが「弱」から「中」、「中」から「強」に変わるたびに、子どもの数が増えました。ちなみに、FJのコアメンバーの家庭における平均出生数を調べてみたら「2.71人」ありました。
そう、「男性の育児参画」はボウリングの1番ピンなのです。ストライクを狙うとき1番ピンをまず倒しますね。そこから2番ピンの女性活躍、3番ピンの働き方改革、4番ピンの少子化対策、5番ピンの次世代育成…という具合に連鎖的に社会課題が解決に向かっていくのです。
家庭においては、父子の愛着や夫婦間パートナーシップが醸成され、離婚の減少、DVや子どもへの虐待の予防、産後うつの軽減、地域では子育て拠点の活性化、企業では生産性の向上や優秀な人材の獲得、メンタルヘルスの改善などの効果が期待され、国や自治体においては長年の課題である男女共同参画やワークライフバランスが推進されます。
めぐり巡ってその結果、女性のキャリアも向上し済的効果も期待されます。加えて子どもの数が増えることで日本社会全体の持続発展性に繋がるはずです。
FJが行った父親支援が時宜に適ったようで政策提言に繋がり、父親の育児休業の取得を促進する改正育休法が2010年より施行されました。2014年4月には改正雇用保険法により、育児休業給付金が67%に引き上げられ、男性育休取得の環境は強化されました。また、少子化社会対策大綱にも男性の配偶者の出産後休暇の取得率目標80%が盛り込ました。
しかし、未だ日本の男性の家事・育児時間は各国と比べて非常に短く、これが女性活躍が進まない原因や少子化の問題とリンクしています。厚生労働省が2012年に行った調査では「夫が家事や育児を6時間以上する家庭では、2人目以降が生まれた割合が全くしない家庭の約7倍だった」という結果も出ました。つまり、夫の家事・育児時間が長い家庭ほど、つまりパートナーの負担感が減りママの幸福度が高い家庭ほど、第2子・第3子以降の出生割合が高くなるのです。
こうしたエビデンスも、最近であちこちで情報化されて一般にも届くようになってきました。しかし当事者たる男性の意識は変わっても、職場の問題が壁になっており、FJでは2014年3月から「イクボスプロジェクト(注)」を実施しています。http://fathering.jp/ikuboss/
※イクボス…職場で働く部下やスタッフが男女を問わず、子育て・介護などのバランスに配慮でき、その人のライフだけではなくキャリアも応援しながら人材を育成し、組織の結果も出すマネジメントをする管理職のことを指す。
男性の育児参加や働き方改革により、女性が活躍し経済も活性化し、さらに少子化対策につながるという観点で、企業経営者や管理職、自治体の首長や幹部職員に対して、具体的なマネジメントや業務効率化の手法と共に伝えています。
多くの企業では超売り手市場が続くなか「人手不足」が深刻になっています。当然、その予防として或いは経営理念としても「ダイバーシティ&インクルージョン」「ワークライフバランス」が掲げられています。生きがい・働きがいに満ち溢れ、企業人・家庭人・地域人として自立できている社員・職員こそが、職場においても高い生産性と新たな価値を創造するといわれています。
つまり最早、出産や育児は女性だけのテーマではなく、これからは男性も子育てにもっと自由に、もっと楽しく関われるよう働き方が変えねばなりません。そうすることで笑顔の父親が増え、子どもが生まれ育ちやすい社会へと必然的に変わっていくのです。
安藤 哲也(あんどう てつや)
NPO法人ファザーリング・ジャパン ファウンダー/代表理事
1962年生。3児の父親。出版社、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援のNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。「笑っている父親を増やしたい」と講演や企業向けセミナー、絵本読み聞かせなどで全国を歩く。最近は、管理職養成事業の「イクボス」で企業・自治体での研修も多い。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」顧問、NPO法人タイガーマスク基金 代表、にっぽん子育て応援団 共同代表、公益財団法人1 more Baby応援団 評議員も務める。
著書に『パパの極意~仕事も育児も楽しむ生き方』(NHK出版)、『パパ1年生~生まれてきてくれてありがとう』(かんき出版)、『できるリーダーはなぜメールが短いのか』(青春出版社)など多数。