ワンモア・ベイビー・ラボ
【パパ育休の実態と本音】大学教員が“ファーストペンギン”になって見えた景色=後編=
秋山 開
2026年04月13日
男女の「仕事と育児の両立」を支えるため、父親の育児休業取得を後押しする制度が整いつつあります。
日本の男性の育児・家事参加は、OECD加盟38カ国のなかで最低水準とされる一方、いわゆる〝パパ育休〟の取得率は上昇を続けています。厚生労働省の調査では、令和6年度は過去最高の40.5%に達しました。
しかし同調査の回答率は約5割にとどまり、育休取得に消極的な企業が未回答である可能性も指摘されています。実際の取得率は数字より低いとも考えられ、地域差も小さくありません。一般に、都市部に比べ地方では取得が進みにくい傾向があるといわれています。
こうした現状を踏まえると、パパ育休に不安や迷いを抱く人は、まだ多いのではないでしょうか。
本連載では、実際に育休を取得した家族へのインタビューを通して、その実態や本音に迫ります。育休を取るか悩んでいる方や、「自分の職場では難しい」と感じている方、そして子育て世代の部下をもつ管理職の方々にとって、ヒントとなれば幸いです。
【プロフィール】
夫:小林 裕貴(34歳/仮名)大学教員
妻:小林 瑠里(32歳/仮名)建設会社 主任
子:1人(2024年10月生まれ)
お住まい:東京都板橋区
【結婚・出産までの過程】
コロナ禍にマッチングアプリを通じて巡り合い、半年間の交際を経て結婚。夫婦2人での2年間の結婚生活の送った後、約10ヶ月の不妊治療の末、妊娠・出産した。
【育休期間】
夫:2025年4月~2025年9月
妻:2024年10月~2025年4月
(取材日:2026年1月某日)
復職後、強制的に生まれた“メリハリ”
半年間の育休を終え、裕貴さんは大学へ復帰しました。
「戻るのは、やっぱり少し緊張しました。ちゃんと仕事のペースに戻れるかなって」
戻れるかどうか不安を感じていた理由について、こう話します。
「実は、育休を取る前は、子どもが寝静まったあととかに研究もできると思っていたんです。参考論文を読んだり、勉強したり。でもできませんでした。5分穏やかに寝ていてもいきなり泣き出したり、寝かそうと思ってもなかなか寝つかなかったり。自分の能力不足といったらそれまでですけど、育休中はぜんぜん研究活動なんてできませんでした」
半年間、真正面から育休と向き合った。だからこそ、切り替えられるかどうか不安を抱いたのだと裕貴さん。その心配は、良い意味で外れました。切り替えるしかない、という状況になったからです。
「時間の使い方が変わりました。保育園は自宅と大学の間にあるので、基本的に自分が送迎を担当しています。だから働ける時間は必然と決まってくるので、『ここまでに終わらせる』って決めるようになりました。強制的にメリハリが生まれたんです」
加えて、保育園に通い始めた当初は、体調不良による“強制終了”を何度も経験しました。
「洗礼ですよね。保育園から電話がかかってきて、“迎えに来てください”って。もちろん子どもが風邪を引けば、自分たちにうつることもありましたから、9月からの最初の3ヶ月は、予定表が意味をなさない日々でした。不安とか言っている余裕はなかったです」
ただ、それでも育休していたからこそ、食事の支度やお風呂、寝かしつけなど、一通りできるため、“忙しくないほうが病児を看る”という柔軟な夫婦の役割分担が可能になっていると、言います。
「どちらかがいなくても回せる、っていう感覚があるのは大きいですね」
半年間、生活のすべてを担った経験は、復職後も確かに残っていました。
“できるほうがやる”があたりまえになった理由
育休を交代制にしたことも、今につながっています。
出産直後から4月までは瑠里さんが担当し、その後を裕貴さんが引き継いだ。
さらに1か月間は育休を重ね、家事や育児のやり方を教わった。
「あの引き継ぎ期間は大きかったと思います」
だからこそ、いまも自然に役割を分け合える。
「できるほうがやる、という感じです」
特別なルールがあるわけではありません。けれど、“どちらも一通りできる”という前提がある。
それは安心感につながっているようでした。
「奥さんがひとりで外出することも、特別なことじゃなくなりました」
育休は一時的な制度ですが、そこで築いた土台は、生活のなかに残り続けています。
応援された経験が、次の誰かを支える力に
振り返ると、育休の取得を決めたときの周囲の反応は予想以上に前向きでした。
「応援してくれる人が多かったです」
職場の同僚だけでなく、家族や友人からも「いいね」「やってみたら」と声をかけられたといいます。
「妻の実家のご両親から何をいわれるかなと、少し心配していましたが、めちゃくちゃ褒めてくれて、嬉しかったですね」
大学の講義も、知人に快く代役を引き受けてもらえました。そうした応援された経験は、いまの裕貴さんの“とある姿勢”につながっているといいます。
「まだ、問い合わせはありませんが、自分の研究ホームページに、“育休を取得したい方がいれば、講義を代行できます”ということと、“具体的なアドバイスが欲しい方は、気軽に相談してください”ということを謳っています」
“大変だけど、楽しかった”と伝えたい理由
これから育休を考えている人へのメッセージを尋ねました。
「完璧を目指さなくていいと思います」
家事も育児も、最初から上手にできるわけではない。
クオリティが高くなくてもいい。
「でも、一通りやってみるのは大きいと思います」
半年間、生活の中心に育児を置いた経験は、仕事に戻った今も続いています。
「迷っているなら、まずは周りに話してみるのもいいかもしれません。案外、応援してくれる人はいると思うので」
育休は、特別な人だけの挑戦ではない。
少し勇気はいるけれど、思っているより孤独ではないのかもしれません。
育休は大変でしたか、と最後に尋ねると、裕貴さんは少し笑ってこう言いました。
「大変は大変でした。でも、楽しかったです」
育休中の夜に、ときどきひとりの時間をつくってくれた瑠璃さんの存在。
児童館や育児イベントという社会とつながる場所。
そうした支えてくれる人がいたり、子育て支援の環境があったりしたからこそなのかもしれませんが、と前置きをしたうえで、裕貴さんはいいます。
「育児って大変だっていう話ばかり聞くじゃないですか。でも、そうじゃない面もあるってことを知ってほしくて。実は、今回のインタビューを引き受けた理由もそこにあるんです」
育休は、孤独な挑戦ではない。そう伝えたい気持ちが、その言葉の奥ににじんでいました。
長時間にわたり率直に語ってくださった裕貴さん、そして瑠璃さん、ありがとうございました。









