
ワンモア・ベイビー・ラボ
夫婦で話し合って決めた「専業主夫」その理由とは/オランダ・インタビュー vol.7


「世界一子どもが幸せな国」といわれるオランダ。これはユニセフのリポートによるものです。さらにオックスフォード大学ウェルビーイング研究所が主導するWorld Happiness Report(世界幸福度報告)の2025年版でも、オランダは第5位に入っています。ちなみに、日本は同ランキングで55位です。
1more Baby応援団では、このように幸福度が高いオランダの社会や暮らしを探るべく、2016年より定期的な調査を行っています。その調査内容は、『18時に帰る』という書籍として1冊にまとめたほか、インタビュー記事等をこちらの『ワンモア・ベイビー・ラボ』でも掲載してきました。
Vol.7~10では現地在住者の協力のもと、オンラインを通じて2つの子育て家庭に伺ったお話をご紹介していきたいと思います。
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vol.7とvol.8ではフェレンスさん(48歳)とジョシンさん(41歳)夫婦を紹介します。人口約15万人の街(アーネム)の郊外に居を構えるお二人は、8歳、6歳、3歳のお子さんをお持ちです。建築業界でエンジニアや設計士として働いてきた夫のフェレンスさんは、現在、主夫をしています。一方、妻のジョシンさんは、眼科医として専門病院で働いています。
「オランダに専業主夫は多くない」と話すフェレンスさん、そして「子どもももちろん大切だけれど、それ以上にパートナーへのコミットメントが不可欠」と語るジョシンさんに、オランダでの子育てについてインタビューしました。
前編となるvol.7では、お二人の出会いから、フェレンスさんがオランダでは珍しい専業主夫になった理由を聞いていきます。
キャンピングカーを利用した2週間のグループツアーで出会った
─本日はお時間いただきましてありがとうございます。とても素敵なお家にお住まいですね。
「2019年に購入しました。僕は建築関係の仕事をしているので、自分自身でいろいろ作ってみたり、直したりして楽しんでいます。よかったらあとでじっくりと見てみてください」(フェレンス)
─お庭も居心地が良さそうですね。後で拝見させていただきます。早速ですが、まずはお二人が出会ったきっかけ、それから夫婦になった経緯を教えてください。
「実は、今日で出会いからちょうど20年が経ちました。なぜ覚えているかというと、今日が僕の誕生日だからです。その頃の僕は、『素敵な女性に出会いたい』と思っていました。ハイキングで丘の上に登って、『僕は誰かを愛したいー!』と叫んだのを覚えています。その数日後、誕生日をむかえて28歳になった僕は、旅行ツアーに参加したら、彼女がそこにいたんです」
─ツアーで出会ったんですね。
「キャンピングカーを使ってフランスに行く2週間ほどのツアーで、参加者は8人でした。多くは夏休みを取った若者で、幸運なことに僕はそこで彼女と出会うことができました」
「当時、彼はアムステルダムの建築事務所で働いていて、私は医学部に通う大学生でした。夏休みが終わったら、私たちは定期的にデートをするようになりました。確か、2度目が3度目のデートのときに、未来の話をした記憶があります。そうしたら、彼は『子どもは4人欲しいな。おそらく技術的に、男性でも子どもが産めるようになっているはずだから、2人は君が産んで、もう2人は僕が産む』という話をしてくれて、『それはいいね』と答えたと思います」(ジョシン)
結婚し、子どもを産むまで「3年」をかけて夫婦の関係性を構築した理由
─どうして4人だったんでしょうか?
「実をいうと、彼は5人がよかったみたいです(笑)。でも、とにかく複数の子どもが欲しかったのは、私も彼も自分自身が3人きょうだいだからだと思います。子どもの数が1人あるいは2人というイメージが湧かなかったのでしょうね。もちろんそうした話はイマジネーションのなかでのもので、現実の私たちは2人の関係性を深くなるのを待ちました」(ジョシン)
「出会ったのが2003年で、2013年に夫婦になりました。さらに、子どもを産むまで3年をかけました。これには理由があります。子どもをつくることによって、2人の関係性がより強くなるからです。子どもがいなければ、離婚して関係性を断つことができますが、子どもがいる場合には、関係性を保つ必要が出てきます。夫婦という関係は終わっても、親という立場はずっと続くからです」(フェレンス)
─子どもを産む前に、しっかりと2人だけの関係性を構築することにしたんですね。
「はい。その間に、私は医学部を卒業し、研究医として4年間のキャリアを積みました。さらに、眼科医として勤務しながら、専門性を高めるため5年間の研修を受けました。最初の子どもを産んだのは、その5年間の最中です。もちろん妊娠したときには、約4ヶ月の産休も取りました」(ジョシン)
─1人目を産んだ後はどういった状況だったのでしょうか。
「1人目を産んで1年くらい経ったときに、やっぱりもう1人欲しいよねということになりました。それで2人目を産みましたが、それでもうちの家族は完成したように思えなかったので、夫婦で相談して3人目にいきました。家族が5人になって、『家族が完成した』という気持ちになることができました」(ジョシン)
─子どもが3人できたことで家族が完成したような気持ちになったのは、どういった理由なのでしょうか?
「正直なところわかりません。けれども、先ほども話したように、私たち(夫婦)自身が3人きょうだいの家族で育ってきたので、自然体でいられるのでしょうね」(ジョシン)
結婚をきっかけに都会を離れ、緑の多い中堅都市に移り住んだ
─普段の子育てと働き方のバランスを教えてください。
「私は週4日勤務です。基本的に土日と月曜日が休みで、それ以外の日は1日10時間勤務です。ただ、火曜日の夜と週末は救急外来に対応することもあります。平均的には週48時間働いています」(ジョシン)
「僕はほぼフルタイムの主夫です。働いているのは週に4時間くらいです」(フェレンス)
─お二人が出会ったときは、フェレンスさんは建築事務所で働いていたんですよね? 現在のワーク・ライフ・バランスに至った経緯を教えて下さい。
「先ほど話したアムステルダムの建築事務所は2012年に辞めました。それで僕は個人事業主としてフリーランスの建築家として働くようになりました。その翌年にはジョシンと結婚して、一緒に住むことになりますが、そのときに彼女が住んでいたロッテルダムや建築事務所のあったアムステルダムのような人口の多い大都市を離れたいと思ったんです。あれこれ探していたら、眼科医の彼女にぴったりの公募がアーネム(現在の家がある街)の病院で出ているのを見つけました。この街はほどよい大きさで、緑も多いところなので住むことに決めました」(フェレンス)
「ロッテルダムのアパートの壁にアーネムの地図を貼って、『この街のなかのどこに住もうか』と2人で相談したのをよく覚えていますよ。実際に家を買って、ここに住み始めたのは2017年くらいで、それまではアーネムの別のところに住んでいましたけど」(ジョシン)
─アーネムに移り住んでから働き方はどうなったのでしょうか?
「ジョシンは基本的に変わっていませんね。ずっと同じような働き方を続けています。僕の場合、1人目の子どもが生まれる前は、週32時間で働いていましたが、1人目が生まれてからは週8時間勤務に減らしました。2人目が生まれたあとは、働かなくなりました。3人目が生まれてから現在に至るまでは、週4時間勤務にしています」(フェレンス)
「週32時間勤務」から「専業主夫」に移行した理由とは?
─基本的にフェレンスさんが子育てや家事を担当して、ジョシンさんが働くというバランスは、いつどのように決まったのでしょうか?
「結婚した後、子どもができるまでの3年間に話し合って決めたことです。きっかけはユトレヒトという街の自己啓発(セルフディベロップメント)のセミナーに通ったことです。月に1〜2回ほど、30代から60代まで、男女入り混じって話し合う形式のものでした。そのときにエリク・H・エリクソンという発達心理学者について学ぶ機会があり、幼少期が子育てにおいていかに大事なのかを知ることができました。そのときに、これはチャンスだと思ったんです。なぜなら僕の妻、ジョシンは十分にお金を稼いできてくれていたからです。もちろん彼女は仕事にやりがいも感じている。だから僕に子育てをする素晴らしいチャンスが来ているのだと感じたんです」(フェレンス)
「オランダでは、多くの夫婦は共働きです。彼らと同じように、フェレンスも子どもを保育園に預けて働くという選択肢もありました。保育園はたくさんありますので、自分たちの価値観に合ったところもあったと思います。でも、子どもを産むんだったら、知らない人に預けるよりも、自分たちで育ててみたいよねと、2人で話し合っていたんです。幸いなことに私は1人でも十分にお金を稼いでくることができる。だから彼に子育てを任せるというのは、私たちにとってとてもいいアイデアでした」(ジョシン)
─あなたは先ほど、「オランダでは共働きが一般的だ」と言いました。これまで私たちがインタビューしてきたオランダの家庭も、共働きが多かった印象です。専業主夫ということで、まわりの反応はいかがですか?
「いま、僕たちの子どもが通っている学校でいえば、専業主夫の家庭は1つだけ知っています」(フェレンス)
「『夫は専業主夫をしている』という話をすると、だいたいはビックリされます。でもその驚きはネガティブな意味というよりは、ポジティブな捉え方が多いです。ただ、彼自身が(学校で)別のお父さんと話をしたときに、専業主夫だと言ったら、『まさか。なんでそんな大変なことをしているの?』と言われたことがあったようです。それからは、積極的に自分から専業主夫であると話すことはあまりないみたいです」(ジョシン)
「学校でほかの親とその話をしない理由はもう一つあります。ジョシンが休みの月曜日以外、僕が毎日学校の送り迎えをするのですが、ほとんど誰もそのことに気づいていないんです。なぜかというと、オランダの夫婦はほとんどがお父さんとお母さんが半分ずつ送り迎えをしているから。僕が毎日のように送迎で学校にいても、まったく目立たないんです。思い出してみると、毎日のように学校で顔を合わせるのは、2人の母親だけです。一度、彼らに『シングルファザーなの?』 と聞かれたことがあるけれど、『僕が主夫で妻が週4で働いているよ』と答えました。とにかく僕は割とユニークな存在で、そのことを誇りに思っています」(フェレンス)
インタビューは後編に続きます!
(著者)
秋山開
公益財団法人1more Baby応援団
専務理事
「二人目の壁」をはじめとする妊娠・出産・子育て環境に関する意識調査や、仕事と子育ての両立な どの働き方に関する調査、啓蒙活動を推進。執筆、セミナー等を積極 的に行う。 近著の『18時に帰る-「世界一子どもが幸せな国」オランダの家族 から学ぶ幸せになる働き方』(プレジデント社)は、第6回オフィス 関連書籍審査で優秀賞に選ばれている。二男の父。
(著書)
『なぜ、あの家族は二人目の壁を乗り越えられたのか?』ママ・パパ1045人に聞いた本当のコト(プレジデント社)
『18時に帰る』「世界一子どもが幸せな国」オランダの家族から学ぶ幸せになる働き方(プレジデント社)
(講演・セミナー例)
〇夫婦・子育ての雑学を知る!「ワンモアベイビー 2人目トリビア」 など
〇著者が語る、オランダの働き方改革 ~オランダが「世界一子どもが幸せな国」になれたわけ~